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若い世代のがん患者だからこそできることを~大阪発のダカラコソクリエイト・プロジェクト

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

・AYA 世代のがん経験者たち

 日本人の2人に1人が、がんにかかると言われている。会社の定期健診などで異常が見つかり、軽い気持ちで再検査に行ったら、帰りには「がん患者」になっていたという経験を持っている人も、もう少数ではない。

 中高齢者になると、「自分も病院に通っている。」、「私は手術を受けた。」などと話すがん体験者や闘病者も周囲に多くなり、そうした人たちとの会話で様々な情報を得たり、気持ちを落ち着かせたりということもできる。 かく言う筆者もその一人である。しかし、若い世代はどうか。近年、注目されているのが、15歳から30歳前後の思春期・若年成人(Adolescent and Young Adult = AYA世代)のがん患者やがん経験者である。そうした若い世代のがんサバイバーたちが、大阪で新しい動きを始めている。

・自分の人生を自分らしく生きていきたい

 

 「実は、若くてがんになった人たちと、人生経験もあり、同病の人が多い中高年齢者との間に、意外と大きな壁があるのですよ。」

 そう話すのは、「AYA世代のがん患者だからこそできることを模索し、形にしていくソーシャルデザインプロジェクト~ダカラコソクリエイト」を立ち上げた谷島雄一郎(40歳)さんだ。谷島さん自身、2012年に食道にがんが見つかり、肺にも転移が見つかった。その後、再発。転移が見つかり、手術や抗がん剤治療などを続けてきた。当時34歳、仕事もおもしろくなり、結婚もし、一人娘を授かったばかりだった。「焦りや落ち込みはどうしようもないくらいだった。」

 「そうした中で、自分の人生を自分らしく生きていきたい。私が私として生まれてきた良かったと思いたい。そう思うようになってきたんです。」

 実は、がんは治療方法などがこの二十年ほどで飛躍的に改善され、「がんサバイバー(がん経験者)」と呼ばれる人たちも増えてきた。治療を受けながら、普段の生活を継続している人も多いのだ。「これまでは、がん患者イコール支援される側で、医療関係者などは支援する側という分け方しかなかった。しかし、そうした分け方ではなく、がん患者こそが、実は社会課題の当事者であり、当事者だからこそ、できることを模索してみよう。そして、社会課題を解決する創造力を持っていこうと思ったのです。」

・若い世代だからこそ

 「ダカラコソクリエイト」の中心メンバーは10名程。「中心メンバーは、これまでも自ら情報発信や社会活動などを積極的にしてきた人たちに声をかけていきました。」さらに、大阪大学の平井啓准教授など学識経験者や医療関係者の協力を得て、二か月に1、2回程度のワークショップやイベントなどを開催している。毎回約30名のがんサバイバーやサポーターたちが参加している。「がんに罹ることで、自分自身の価値を見失うなど悩んでいるからこそ、そして、若いからこそ、楽しさとかワクワク感を持ちながら、様々なことを提案したい」と谷島氏は言う。

・AYA 世代のホンネをアンケートで

 そんな中で参加者を中心にアンケートを昨年2017年10月に実施した。「AYA世代の”がん” ホンマにホンネランキング」と銘打たれたアンケート結果には、39歳までにがんに罹った88名の人たちの声が集められている。治療やその後において最も悩んだり、辛かったことは、「就職、仕事について」が40.3%と最も多く、次いで恋愛や結婚などが続く。厚生労働省がん対策推進協議会審議会に提出された資料「AYA世代のがん対策に関する政策提言」でも、「がん体験は、AYAの将来構想に影響を与える。また、AYAは、同世代の健康な若年者に比べ不安が強い」と指摘され、不安軽減と併せて自立・自己実現の支援の必要性が指摘されている。

 「実は迷惑だったり、実はムカついていたこと」については、「頑張れ、元気そう、若いんだからといった周囲の不用意な言動」をトップに、「おかしな健康法、治療法、健康食品の勧め」などが続く。

 「AYA世代は、就学、就職、結婚、出産、子育て等、これからの人生を形づくる大切な時期にがんを経験したが故の悩みを抱えています。また人生経験が少ない分、がんのことが大きな割合を占めてしまい、いっぱいいっぱいの状態になってていることが多い。がんのことを誰に相談したら良いのかもわからない状態で、途方に暮れていることがあるのも判ってほしい。」と谷島氏は、自身の体験も交えて話す。

ワークショップでは専門家なども交え、様々な意見が飛び交う(画像・ダカラコソクリエイト提供)
ワークショップでは専門家なども交え、様々な意見が飛び交う(画像・ダカラコソクリエイト提供)

・がんに罹っていることを職場など周囲に話す不安

 がんに罹っていることを職場など周囲に話すことによって、閑職に追いやられたり、退職を迫られるのではないかと心配する気持ちや不安も大きい。「延命のことだけを考えなければならなかったかつてと異なり、治療法などが確立され、普段の生活を取り戻す人も多い。そうなると逆に将来に対して不安に思ってしまうのも仕方ない。治療をしながらでも、普通の人と同じように働ける人もいるし、職場が配慮をしてくれれば、働き続けられる人も多い。」

 「がん患者だ」というだけで、左遷や辞職を求めることは時代にそぐわなくなっている。政府も2016年にがん対策基本法を改正し、がんサバイバーの就労・復職対策に乗り出している。医療関係者も、その支援対策に迫られている。

 「医療関係者の方から相談を受けることも多くなりました。ある医療関係者の方は、医療の現場の人間は、会社勤めなどをした経験がなく、職場復帰のお手伝いといってもどうしたら良いのか判らないとので相談に乗ってほしいという話もあります。そうした様々な関係者との連携も出来つつあります。」

 このように認識が新たになりつつある一方で、AYA世代のがんにも様々な種類や症状がある。そのため、がんについての情報が流布することで、新たな問題も生じている。

 「若いんだからすぐ治るんでしょうとか、早期発見すれば大丈夫だからなどと、励ますつもりなのは判るのですが、 軽く言ったことで大きく傷ついているAYA世代もいます。」アンケート結果を見ても、「一人で悩まないこと」が大切と多くの人が指摘している一方で、「家族や周囲、医療者への八つ当たりやイライラ」をしたという回答も多い。

「嬉しかった言葉、支えられた言葉」をラインスタンプや絆創膏に(画像・筆者)
「嬉しかった言葉、支えられた言葉」をラインスタンプや絆創膏に(画像・筆者)

・若者らしく楽しさやワクワク感を持ちながら

 そうしたアンケートやヒアリングなどから、がん経験者がかけてもらってうれしかった言葉や支えられた言葉をデザインして、ラインスタンプや絆創膏にすることで、広く理解してもらえるような取り組みもしている。「軽いんじゃないかと批判されたりすることもあるのですが、若者らしく楽しさやワクワク感を持ってやっていくことも大切だと思うのです。」と谷島氏が言う。

 がん患者の社会復帰やAYA世代のがん患者への関心が高まっている。「医療関係者の方たちからの連携の申し入れや、メディアへの出演など、関心が高まってきていることを肌で感じます。」と谷島氏は言う。患者と医療者の情報交換や、患者として取り組めることについての提案などをダカラコソクリエイトで進めていっている。

 小児がんとたたかう子どもたちやその家族を支援し、そのことを広く知ってもらおうと神戸で5月26日に開催されるチャイルド・ケモ・ハウス・チャリティウォーク2018にダカラコソクリエイトも参加する。ここでは、ダカラコソクリエイトの参加者が、それぞれ思い出やストーリーを持つ医療機器などを3Dプリンターでミニュチュアを作り、ガチャガチャで販売する計画が進んでいる。「これを通じて、新たにアーティストや製造業の人たちなどとの繋がりができていくとおもしろいですね。」

医療用機器のキーホルダー。それぞれの思い出と共に。(画像・筆者)
医療用機器のキーホルダー。それぞれの思い出と共に。(画像・筆者)

・地域社会の課題でもある

 地域社会は、超高齢化、急激な人口減少が進み、社会構造が変化している。がん患者だけではなく、他の病気や障がいを持っている人たちも、誰もが社会参加をしていける社会を作っていくことが必要になっている。そのためには、「当事者である人たちの視点を価値として取り入れ、社会や働く仕組みを大きく変えていくことが、新しい発展につながると思うのです。」

 大阪で始まった小さな活動は、少しずつだが、全国に拡がろうとしている。有志で始まり、谷島氏の勤める大阪ガス株式会社の社会貢献活動支援の一つとして進めてきたダカラコソクリエイトだが、参加者も増え、行政や大学、各種団体などとの支援・連携の輪も広がりつつある。今後より社会に新しい価値を提供できるようプロジェクトを発展させていくと言う。

・ビジネスチャンスや異業種連携などが生み出される可能性

 AYA世代を含め増加する働く世代のがんサバイバーたちは、いかにがんと向き合いながら生きていくのかという悩みや課題を持ちながら、社会に自分たちの価値を提供したいという思いも強く持っている。一方で、多様性を受容して新しい社会を構築していこうとする企業や医療機関などを結びつけることで、新しいビジネスチャンスや異業種連携などが生み出される可能性を秘めている。

 支える側と支えられる側という垣根を取り払うことで新し価値を生み出そうとするダカラコソクリエイトの試みは、今まさに求められていることだ。地域の経済や社会の活性化のためには、広く多様性を受容していく必要が求められている。大阪以外の地方都市や地域でも、こうした取り組みが望まれている。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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