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質の高いパートが低賃金で集められる時代は終わった~小売店の店長たちの悲鳴

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・1言って、3から4やってくれていたパートさんたちが・・・・

 「ここ2年ほどで残業が増えているんですよ」

 あるスーパーの店長が嘆く。

 パートやアルバイトが集まらない問題は、あちこちで聞くが、その店長が言うには、もっと深刻な問題があるという。

 「うちの店は、郊外の住宅地に近いので、パートの人数は集まるには集まるのです。しかし、この2年ほどで問題が急増しているんです。」

 毎日、毎日、なんらかの問題が発生し、その処理で残業が増えていて、うんざりしているというのだ。

 「少し前までは、主婦のパートさんたちも企業の勤務経験などがあり、1言えば、3から4はやってくれていたんです。それが、最近は、逆で5言って1できるかどうか」

 顧客からのクレーム、書類の未処理や間違い。かつてなら、細々指示しなくとも、パートさんたちが処理してくれた事案で、次々と問題が発生してしまう。

 「前はそんなことまでマニュアルに書くなんて、バカにしているんですかとパートさんたちに言われていたんですが、もう細かく手順などを書いたマニュアルを作成して管理しないと、手に負えそうにないです。」

 優秀なパートたちは、次々と他社や他業種の正社員として就職を決めていく。「女性の社会進出が中高年でも進んできているのを肌で感じる。以前のように専業主婦がいない」

・クレームにならないクレームが多発

 あるチェーンストアのクレーム処理を担当している社員は、「はっきり言って、クレームにならないクレームが多発している」とぼやく。

 ここ数年、多発しているクレーム案件で多いのは、本来ならばクレームにもならないものだと言うのだ。それも、それを引き起こしているのは日本人の若いアルバイト店員だという。

 買い物に来た顧客が、包装紙などが破けているとレジに商品を持ってくる。すると、アルバイト店員が「新しいのと交換します」という。

 「そこで、一言、申し訳ありませんでしたとか、すみませんでしたが言えない。顧客が怒っても、私は悪くないですと言ってしまうんだ。」

 結果的にクレーム案件となって、本社に電話がかかってくる。顧客に謝罪し、その店に連絡をし、結果を店長に報告させるのだが、

 「注意したが、ボクは悪くない。包装紙が破けていたのは、メーカーの責任なのに、なんで自分が謝らなきゃいけないのか判らないと言っているという報告が店長から上がってくる。もう、現場の管理職は諦めているようだ。」

 しかし、だからといって解雇できない弱みがある。なかなかアルバイトが集まらないのだ。

 「毎日、こういったクレームを受けていると、頼むから、早く自動レジなり、ロボットを導入してくれないかと思うよ」

小売業で人手不足が深刻に(撮影・著者)
小売業で人手不足が深刻に(撮影・著者)

 

・生産性が低いままできたしっぺかえし

 流通業、特に小売業の労働生産性はアメリカなどと比較しても低いままできた。2年ほど前は「人余り」で低賃金でも人員を確保できたために、合理化や機械化が遅れてきたためだと指摘されている。

 特にパートやアルバイトは、募集すれば、質の高い人材が確保できた。「平成24年経済センサス」を見ても、従業者数は約740万人と非常に大きな雇用規模を持っている。

 小売業の市場規模は平成28年で139兆8,770億円(経済産業省「商業動態統計」)と安定している。事業所数は減少傾向にあるものの、従業者数に大きな減少は見られていない。

 ところが、急速な人手不足が引き起こっている。それは、景気うんぬんではなく、生産年齢人口の急減が顕在化していることによる。団塊の世代の後期高齢者化に伴って、ここ数年で生産年齢人口の急減少が起こっているのである。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成 24 年 1 月)によれば、2015年からの10年間で減少する生産年齢人口は、約600万人だ。この影響が、いよいよ目に見えてきたのである。

 「アルバイトやパートがいくらでも集まり、さらにそれなりの質の人たちが働いてくれてきたことに慢心し、生産性の向上への取り組みを怠ってきたことが、ここへ来て大きな影響を及ぼしてきている。」ある大手流通企業の中堅社員は、そう指摘する。「小売業や飲食業などで、今まで人材を使い捨てることで成長してきたところは、すでに限界が見えてきている。」

・定食メニューをやめた理由

 

 ある地方で飲食業を経営する中堅企業は、今まで定食などセットメニューをウリにしてきた店舗を、メニュー数を減らし、単純なメニューだけの店舗に衣替えを進めている。

 関係者に話を聞いてみると、経営が悪化している訳でも、客足が落ちている訳でもないと言う。

 「必要な従業員数を確保できなくなっているということも多いが、それよりも今までのパートやアルバイトができていたことができなくなっているのが大きな理由だ」という。

 例えば、定食のセットメニューが、うどん、そば、ラーメンから選び、そこにカレーやカツ丼や天丼などのご飯ものを選ぶ。これだけですでに9種類だ。さらに、麺類の種類が様々にあり、付け合わせも異なるものがあり、結果的に組み合わせによっては数十種類になる。

 「これまでは、こうした複雑なメニューをパートやアルバイトの人たちが少人数でもこなしてくれた。ところが、そうした細かな対応ができるパートやアルバイトが確保できない」

 昼食時に顧客が集中し、さばき切れずに待ち時間が長くなり、クレームが続出している。

 「パートやアルバイトを訓練するという選択肢もあるが、それよりもこうした状況が当たり前になってくるのだということ、そうしたことができない人も雇っていくことを前提にメニューを絞り込み、単純化した。業態も変更し、機械化も進め、接客業や調理などに向いていないタイプの人でも働けるようにする方が重要だ」

外食産業の中には業態を変更するところも(撮影・著者)
外食産業の中には業態を変更するところも(撮影・著者)

・外国人で対処・・で良いのか

 話を聞いた小売業や飲食業の管理職や経営者たちに共通しているのは、「向き不向きなどで人材を選り好みできない時代になった」という自覚だ。

 12月に入り、日本フランチャイズチェーン協会が経済産業省と協議し、外国人技能実習制度の対象にコンビニの「 店舗・運営・管理 」 という職種を新たに加えるよう年明けに申請することが発表された。この外国人技能実習制度は、建前上は「日本で経験や技能を積んだ実習生が母国でのそれを活かす」ということになっているが、実質上は「外国人単純労働者導入」であると批判の多い制度だ。

 多くの問題が指摘され、一部の利権事業として批判も多い外国人技能実習制度で人手不足をしのぐではなく、きちんと外国人「労働者」導入制度を整備するべきであるし、先に紹介した飲食店のように生産性向上性への努力を促す政策を強化すべきではないのか。

・質の高いパートが低賃金で集められる時代は終わった

 いずれにしても、質の高いパートやアルバイトが低賃金で集められる時代は終わった。それを理解せずに、その対応を現場の中間管理職に押し付けているような経営者のいる企業は、さらにそうした正社員の退社も招くだろう。

 2017年の正月、「日本の女性の社会参加の問題であったM字カーブが解消された」という報道が流れた。それからもうすぐ1年である。M字カーブ、すなわち20歳代後半から40歳を越すくらいまでの女性の離職率が減少した。つまり、専業主婦がいなくなったのだ。

 「危機」はチャンスでもある。2018年、日本の流通業、小売業は大胆な生産性向上に取り組むきっかけをどう扱うか。それがこれからの10年後、20年後の姿を大きく変えるはずだ。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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