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意外な場所で昭和レトロ ~ 向日町競輪場に行ってみた

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
向日町競輪場名物ホルモンうどん(筆者撮影)

 かつて、日本の自治体の財政を支える重要な役割を果たしたのが公営ギャンブルだった。1970年頃の記録映像を見ると、競輪場には多くの人が訪れ、熱狂している姿が写っている。いま、そうした地域経済を支える役割は終わりつつあるように見える。しかし、逆にそうした場所にこそ「観光」の価値が生まれる可能性もあるのではないだろうか。

小高い斜面にあるので、空が広い(筆者撮影)
小高い斜面にあるので、空が広い(筆者撮影)

・京都の郊外にある競輪場

 京都郊外の向日市。その中心にあるのが、向日町競輪場だ。1950年の開場で、建物の大半は昭和40年代のもの。

 もう10年近く前から存廃議論が起こり、大規模改修や施設の新設などはほとんど行われていない。それだけに場内は昭和の雰囲気が色濃く残っている。

 競輪場と言っても、実際にここで競輪が開催されるのは、年間50日を切る。その他の日は、他の競輪場の場外車券の販売が行われる。それ以外には、向日市まつりや激辛グルメ日本一決定戦KARA-1グランプリなどの会場にも使われている。

 さて、開催日には、阪急京都線東向日駅とJR東海道線向日町駅から無料バスが運行されている。

 

 入場口の自動券売機で、50円の入場券を買う。最近ではあまり見ない券売機で、硬貨専用で、紙幣の両替は窓口でする。もうここから昭和感がにじみ出ている。

ムコリンムッチーがキャラクターマスコット(筆者撮影)
ムコリンムッチーがキャラクターマスコット(筆者撮影)

・入場料50円

 向日町競輪場のマスコットは、「ムコリンムッチー」だ。一度、京都府の担当者に、いったいこれは何なのかと聞いたことがあったが、結局、なんなのか判らなかった。

 50円の入場券を払って入れば、レースを見るのも、無料のお茶のサービスなども受けられる。場内は、すっかり昭和の雰囲気で、もし自分が映画の監督ならばロケに来たいくらいだ。

 レースではすり鉢状になったバンク(競争路)を猛スピードで選手たちが走り抜ける。すぐそばで見ることができるのには驚きだ。選手たちの息遣いまで聞こえてくるようだ。

選手の息遣いを感じられる(筆者撮影)
選手の息遣いを感じられる(筆者撮影)

・公営ギャンブルは黒字化している

 来場者は高齢者がほとんどだ。開催日は平日で、多くの人たちは電話やインターネット投票を利用している。売り上げ比率を見ても、来場して購入する人が1割程度、電話やインターネットを含む場外が9割程度となっている。車券を買う人でも、実際に競輪場を訪れるのは、10人に1人しかいないということだ。

 公営ギャンブル(公営競技)は、次第に経営が悪化し、向日町競輪も長年赤字が続いていた。そのためもあって、2009年に京都府が設置した『向日町競輪事業検討委員会』では廃止の方向が打ち出された。しかし、その後、近隣の大津びわこ競輪場が2011年に廃止された影響もあって、2011年度には黒字に転換したのだ。京都府は「中長期的の存続は困難」としているが、廃止時期は現在も明確にしていない。

 公営ギャンブルは、競輪、中央競馬、競艇、地方競馬及びオートレースの5つである。これらの売上高はバブル景気崩壊以降、減少傾向をたどり、赤字の拡大から廃止する自治体も増加してきた。しかし、競艇は2011年度、中央競馬は2012年度、地方競馬は2013年度、競輪は 2014年度と次々に黒字に転じている。

 しかし、全体で見れば売り上げ高は1991年がピークで約2兆円だったが、現在ではその3割程度まで落ち込んでいる。また、一人当たりの購買単価もやはりピークは1991年の約5万7千円から現在は約1万円程度と大幅に減少、さらに入場者数も同じように約27万人から約4万人へと大きく減少している。

・「直ちに廃止する必要はなくなった」が・・・

 つまり、黒字に転じたと言ってもいわゆる「残存者利益」であり、運営する自治体はいずこも「直ちに廃止する必要はなくなった」と言う程度だと見ており、中期的には廃止を検討しているところが多い。要するに現存の減価償却の終わった施設を使い続けるのであれば多少の黒字で収益を得ることはできるが、設備や施設の大幅な改修や新設は無理だということだ。

 さらに競輪来場者の平均年齢は、1991年には49.8歳であったものが年々上昇し、2011年には59.0歳と高齢化が進んでいる。ただ、インターネット投票を導入したおかげで場外からの購入者が増加傾向にあり、これも黒字を生み出す一つの理由となっている。

 しかし、「いずれは・・・」なことは間違いない。

スタンドからは遠く大阪方面まで見通せる(筆者撮影)
スタンドからは遠く大阪方面まで見通せる(筆者撮影)

・昭和の雰囲気を楽しみに来る人たちも

 昭和も遠くなった。若い人たちには、不思議な世界だろう。皮肉なことに、10年以上存廃議論が続いてきたおかげで、大きな改装や施設の新設などが行われなかったおかげで、古き昭和の雰囲気が残されている。

 

 こうした独特の雰囲気を楽しみに来る若い人たちや外国人観光客も出てきている。筆者が訪れた日にも、外国人観光客の親子連れが物珍しそうに場内を歩いていた。

大阪万博っぽい雰囲気(筆者撮影)
大阪万博っぽい雰囲気(筆者撮影)

・向日市の中心部に東京ドーム約1.2個分

 向日町競輪場は、地元の人たちの関心も高い。なにしろ向日市役所の真ん前。市の中心部に約5万7千平方メートル、東京ドーム約1.2個分の面積を占めているのである。廃止が議論されていた当時は、その跡地利用を巡って、様々な意見が議論されたが、結局、今は「少なくとも3年間は継続する」という方針を京都府が出しており、宙に浮いた状態だ。

飲食店も昭和レトロ(筆者撮影)
飲食店も昭和レトロ(筆者撮影)

・下町の風情のある食堂街

 競輪の車券を買わなくとも、場内の雰囲気を楽しむと言う人たちもいる。そうした人たちの口コミで人気なのが、場内の食堂街だ。全部で19店舗。ただ、営業しているのはそのうちの半分ぐらいだ。

 店名の「当たり矢」とか、「大穴亭」などどことなくユーモラスだ。下町の飲み屋街の風情がある。どこも店内にはテレビが設置され、レースを楽しめるようになっている。どて焼き、巻きずし、ラーメンなどさまざまなメニューが揃っている。その中でも、ここの名物が「ホルモンうどん」だ。柔らかい関西風のうどんに、モルモンを煮たものが載っている。意外とあっさりうまい。

ホルモンうどんは店によって個性がある(筆者撮影)
ホルモンうどんは店によって個性がある(筆者撮影)

・新たな観光スポットに・・・

 諸外国でもカジノは、外国人観光客にギャンブルを楽しんでもらって、金を落としてもらおうという考えで整備されている。日本の場合、カジノ建設を論議するのも良いが、既存の公営ギャンブルに外国人観光客を誘致しても良いのではないか。競輪、競馬、競艇、オートレースと様々なギャンブルがすでに存在している。

 中国人留学生に聞くと、若い中国人観光客に人気が高いのが「昭和レトロ」なのだそうだ。昭和時代を知らない若者が、「昭和レトロ」を好むと言うのは不思議な気もするが、そういう点でも向日町競輪場は観光スポットとして、もう少し再評価しても良いのではないかとも思う。

昭和レトロは若い世代には新鮮だ(筆者撮影)
昭和レトロは若い世代には新鮮だ(筆者撮影)

 富裕層の旅行ガイドをしている中国人は、「ここまでいろいろな種類の公営ギャンブルが揃っているところは少ないだろう。外国人観光客も楽しめるようにすれば、どこにでもあるカジノとは違った観光スポットになるはずだ。熱中する人も多いかも知れないですよ」と笑う。

 もちろん外国人客を受け入れようとすれば、様々な問題も想定されるが、当分、継続する方針であるならば、収益確保の観点からも「観光」の価値が生まれる可能性を前向きに検討してもらいたい。すでに一部の公営競技場では、すでに外国人観光客誘致に乗り出している。かつて日本人の観光客もハワイや香港でドッグレースなどのギャンブルを楽しむ人が多かった。逆に今、世界各地から訪日する外国人観光客を公営ギャンブルに誘致し、お金を落としてもらい、地方財政に寄与してもらうというのも悪い考えではないだろう。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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