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エリクセンはまだ「謎の物体」? 融合の兆しはインテルが息を吹き返す希望の光か

中村大晃カルチョ・ライター
2月20日、ELルドゴレツ戦でのエリクセン(写真:ロイター/アフロ)

前例のない異様な中断期間は、何らかのかたちですべての選手に影響した。必ずしも悪い影響とは限らない。選手によっては、シーズンを好転させるきっかけとなった。

インテルのクリスティアン・エリクセンも、そのひとりかもしれない。

◆加入当初は期待に応えられず

昨冬、トッテナムから鳴り物入りで加入したエリクセンにとって、イタリアでの最初の数カ月は困難の連続だった。期待されたほどのパフォーマンスを見せられないまま、ロックダウンとなったからだ。

「カルチョのスカラ座」ことサン・シーロを拠点とするインテルは、本物のスカラ座でスーツを纏うエリクセンの写真を使い、その加入を発表した。エレガントなエリクセンにふさわしいお披露目だった。

だが、ヨーロッパリーグ決勝トーナメント1回戦こそ2試合とも先発出場し、ゴールも記録したエリクセンだが、セリエAでは4試合で先発出場が1試合。ミランとのダービー、優勝を競うラツィオやユヴェントスとの大一番など、重要な試合はすべてベンチでキックオフを迎えた。

中盤の質向上が必須だったインテルだけに、期待が大きかったのは言うまでもない。しかし、アントニオ・コンテ監督の3-5-2では適正位置が見つからず、シーズン前半戦の出場機会の少なさからフィジカルコンディションで後れを取っていたことも響き、エリクセンは苦しんだ。

◆再開初戦で高評価

そのエリクセンが6月13日、ナポリとのコッパ・イタリア準決勝セカンドレグで開始早々にCKからゴールを決めた。イタリアサッカー再開後、初のゴールだけに、吉兆と感じたファンもいただろう。

本人がどう感じたかは知る由もないが、勢いに乗ったのは確かだ。エリクセンは先制点を挙げた以外にも決定機を迎え、両軍で唯一となる最多5本の枠内シュートを放った(公式スタッツより)。ナポリのアンカー、ディエゴ・デンメに対するマークもメディアから称賛された。

採点も、『スポーツ・メディアセット』や翌日の『ガゼッタ・デッロ・スポルト』はチーム最高の7点。『コッリエレ・デッロ・スポルト』もチーム2位の6.5点と高い評価だ。

ヴィンチェンツォ・ダンジェロ記者は、試合直後の『ガゼッタ』電子版で「インテルでの新たな人生の始まりのようだった。おそらくは、彼の試合が技術的なリーダーらしいものだったからだ。インテルはそのために1月に投資することを決めたのだ」と賛辞を寄せた。

「ようやく純粋なトップ下を務め、それが目に見えて分かった。コンテは、攻撃の解決策を増やし、質を高めるためのさらなる武器を見つけた」

翌日の『ガゼッタ』紙で、ダヴィデ・ストッピーニ記者は「エリクセンはインテルを導いた。ダビド・オスピナがドッピエッタ(2得点)を妨げなければ、ほぼ単独でファイナルにたどり着いていただろう」と記している。

「冬は逆で、多くの理由からチームメートがエリクセンを引っ張っていた。彼がグループを引っ張るのではなかった。エリクセンは底にいて、浮上するのに苦しんだ。今は、役割が入れ替わった」

◆指揮官を納得させた努力

エリクセンが輝いた理由のひとつは、システム変更にある。2月に「ひとりの選手がチームを変えるなど考えられない」と話していたコンテだが、ナポリ戦では3-4-1-2を採用した。ダンジェロ記者も指摘したように、純粋なトップ下という本来のポジションでプレーできるようになったことは大きい。

ただ、挑戦に見合う価値がなければ、コンテがシステム変更に踏み切ることはなかっただろう。そこにはエリクセン本人の努力がある。例えば、チームメートとのコンディションの差は、ロックダウン中に埋めてきた。ナポリ戦の走行距離は11.6Kmとチーム3位の数字だ。

『ガゼッタ』でカルロ・アンジョーニ記者が報じたところによると、エリクセンはロックダウン中にフィジカルトレーニングだけでなく、イタリア語の学習にも精力的に取り組んだという。今ではほぼすべてを理解するようになり、少し話せるようにもなったそうだ。

新型コロナウイルスの影響で仮住まいのホテルを追われたことも話題となったが、ミラノ中心地に家も見つかったとのこと。家族も合流して生活が安定したようだ。私生活での落ち着きがポジティブに働いたのは想像に難くない。

◆辛口評価も

もちろん、結果的にはチームを決勝に導くことができなかっただけに、手放しで絶賛されているわけではない。『Calciomercato.com』のパスクアーレ・グアッロ記者は、リズムが悪く、ボールロストが多いと主張。「まだチームのプレーから外れている」と、5.5点という辛口採点をつけている。

『レプッブリカ』でロメル・ルカクとラウタロ・マルティネスの2トップを批判したファブリツィオ・ボッカ記者は、エリクセンのパフォーマンスが両選手を上回ったとしつつ、「まだ少し謎の物体」と指摘。完全な評価を下すには早すぎると示唆した。

◆新たな楽譜は見つかったのか

それでも、インテルとエリクセン本人にとって、ナポリ戦のパフォーマンスが今後への光となったことは確かだ。本人はSNSで「ファイナルに進めなかったのは残念だけど、これからセリエAに集中だ」と、意気込みをあらわにしている。

セリエAは今週末から再開され、インテルは21日に吉田麻也が所属するサンプドリアと対戦する。未消化だったこの試合に勝てば、首位ユヴェントスに勝ち点6差、2位ラツィオに同5差と詰め寄れる大事な一戦だ。厳しい状況だが、スクデット争いにはまだ踏みとどまっている。

後半戦で徐々に調子を落としたインテルは、限界説も囁かれていた。3-5-2に代わる「新たな楽譜」が必要との指摘もあった。ナポリ戦の3-4-1-2とエリクセンのパフォーマンスは、インテルが息を吹き返す兆しなのか。まずは、サンプドリア戦に注目だ。

カルチョ・ライター

東京都出身。2004年に渡伊、翌年からミランとインテルの本拠地サン・シーロで全試合取材。06年のカルチョーポリ・W杯優勝などを経て、08年に帰国。約10年にわたり、『GOAL』の日本での礎を築く。『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿。現在は大阪在住。

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