上海メディアシティに腰を抜かしました

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槌音が響く。

ドカンドカン。

若い竹林のように、ビルの群れが天空に伸びていく。

にょきにょき。

1964年の東京かここは。

いいえ2019年の上海です。

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市中を歩くと、食事も、ファッションも、モールも、洗練度は東京をとうに抜いたと感じさせます。

上から下は差分が読めるけど、下から上はどれくらい開いたか見えなくなる。

すぐに背中が遠くなりそう。

だけど、それだけ発展しても、まだ伸びる上海。

そういえばちょうど1年前には、アリババ「独身の日」の上海での前夜祭に参加して、一日で楽天の売上を見せるデジタルの勢いにヒックリ返っていたのでした。

「上海「独身の日」にみる勢い」

http://ichiyanakamura.blogspot.com/2018/12/blog-post_31.html

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ビル群を見上げてヒックリ返っていたら、CMGが来年オープンするビルの最上階に通され、街を見下ろして、今度は腰を抜かしました。

ここは上海市徐家区「国際メディア港」。

100万平方メートルのメディアシティを建築中。

そのうち1/4の26万平方メートルをCMGが作っているんだそうです。

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CMG。チャイナ・メディア・グループ。

国営放送CCTVやラジオCRIなどが2018年に合体した中国最大のメディアコングロマリットです。

北京から見えた代表に、吉本興業のかたがたとお目にかかり、メディアシティ構想をちょいとばかり教えてもらいました。

ナイショじゃないと思われることだけメモしておきます。

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「CMG26万平方メートルに8つのビルを置きます。

 2棟はテクノロジー施設に、2棟は5つ星ホテルに、そして巨大な映画館を作ります。

 1FとB1はまるごと商業施設にします。」

え?、26万平方メートルつまり500メートル四方の地下街を作るんですか?

「はい、もうすぐできます。」

うへー。

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「そこの高層ビルにはファーウェイが入ります。

 うしろのビルは、シャオミーです。

 テンセント、アリババも入居します。

 世界最大のメディア基地にします。」

・・日本で言えば、NHKとキー局5つに、ソニーやら楽天やらが集まるイメージ。北京政府が集める、んだろうなぁ・・。

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「インフラの整備からコンテンツの充実に向かいます。

 ネットとテレビの融合を進めます。

 4K8K、VR、5Gに力を入れます。

 AI実験室も作ります。

 eスポーツ都市も建設します。

 アニメ・マンガにも力を入れます。」

・・全部じゃないですか。ぼくらポップ・テック特区CiPがやりたいことを、数十倍規模で進める構想。

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「街中のプロジェクションマッピング・アートを実施してみました。

 26万平方メートル空間まるごと動画ショーです。

 アート空間を作りたい。

 永遠に終わらないメディア祭会場にしたい。」

・・うらやましい。日本では屋外表示規制や権利者調整などで実行不可能です。

「でも私たちはまだまだです。日本の協力がほしい。」

・・この怖ろしい謙虚さはなんだ・・。

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「多言語のコンテンツ制作センターも作ります。

 上海・北京・海南島の映画祭をCMGは主催していて、その連携も進めたい。

 上海交通大学など産学連携も進めます。

 青少年交流を活性化させたいです。

 何かできることはありますか。」

・・竜宮城に来て鯛や平目の舞い踊りを観ている気分です。帰国したらぼくはおじいさんになっています。

 

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「徐家区は上海の文化の中心です。

 文化産業を発展させます。

 深センにも同規模のメディアシティを開発しますが。」

・・えっ、もっと作るの? また目が覚めました。

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80年代、シマゲジことNHK島会長がNTTとの連携もにらみ国際映像戦略を掲げた頃は、日本もアズNo1とかノーと言えるとか多少の自信もあり、だから国内調整にうつつも抜かせて、冷戦終結のチャンスもあれど何も進まず、バブルがパーで、平成30年は平和に沈み、香港台湾シンガポールからBRICs、そして中国が勃興しての令和です。

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上海のメディア巨人SMG(上海メディアグループ)の高会長「78年にトウ小平さんが訪日して改革開放、それから40年。中国は松下らの技術を学んで発展した。当時の技術者は実にオープンで、とても尊敬されていた。感謝している。」

・・そのように感謝されていることを、日本人の多くは認識していません。

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高会長「私が大学を卒業した1988年ごろ。中曽根政権の3000人青少年交流プロブラムに参加して、京都・大阪でホームステイした。感謝している。当時の家族を訪ねたい。」

・・政府もよい仕事をしていた。が、その世代が中国の中核に育っていることを政府は拾っていないのでは。よろしゅおます。吉本興業が拾いましょ。

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今回の訪中、表向きの正式行事は「吉本新喜劇 上海公演」。

コテコテの大阪を、字幕表示で演じます。

吉本興業大崎会長は新喜劇を漫才の複合体と説明していました。

コミュニケーションで笑わせる、ただただ笑わせる、その表現の中国進出です。

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中国の要人に対し大崎会長が話していました。

二人のしゃべくりで笑わせる手法は日本の漫才と中国の「双声」しかない。

かけあいコミュニケーションはスタンダップのピン芸をはるかにしのぐ可能性のある表現。

それを共同で発展させればおもろいんちゃう。

・・ゼッタイおもろい思います。

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すんのかい。すんのかい。せーへんのかい。

毛細血管がいっぱいつまったとこ わーきー!

字幕表示なしでやりきりました。

中国人客が7割を占める会場、大爆笑大歓声。

乳首ドリルが日中の懸け橋や!

涙が出ました。

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すち子さんがビキビキビッキーズばりに飴ちゃんを投げると熱狂でした。

コミュニケーション、成り立つやん。

ぼくも背伸びして1個ゲットしたったで!

でもぼくは、本番前の廊下で、座長の酒井藍ちゃんに、岡本社長が「納税してる?」と声かけたんが、破壊的におもしろかったです。