「ファミコンとその時代」

上村雅之・細井浩一・中村彰憲 著「ファミコンとその時代」。

1998年に実施された産学公のゲームアーカイブ・プロジェクトをもとに記された研究書。推進者である山下晃正・現京都府副知事の名も明記されています。

MIT界隈で開発されたゲーム技術が米国でブームとなり、アタリショックを経て任天堂が20年の覇権を築く。Vブッシュのmemexやエンゲルバート、アランケイやパパートから紐解くデジタルの進化史が描かれます。

実に面白い。

ゲーム史は、モノ・技術と、コンテンツ・文化とを掛けあわせ、ビジネスや社会を作ったワクワク感とゾクゾク感の蓄積です。これは超級の資料であり、メディア論の教科書にぼくは認定します。

AppleやAmazonやGoogleはなぜ日本から生まれないのか?と聞かれることがあります。いやいや、それらはみな任天堂の真似をしてるんです。技術とコンテンツを押さえ、流通を制したモデルです。その流通がネットに変わったんです。

近ごろ日本企業の失敗論ばかりですが、本書は、なぜ任天堂は、なぜ日本は、レッドオーシャンのゲーム市場を制し、覇権を続けたか、の成功論です。こういうのも読まないとバランスを失します。

特に、ファミコン生みの親の上村さんが書いた第一部「ビデオゲームの誕生」が貴重です。ぼくがピクっと来たポイントを挙げておきます。

・1964年、シャープとキャノンが電卓用にLSIを開発したことが世界を変えた。

米アタリ社のブッシュネルが着目し、アメリカに火がついた。

元は日本企業の技術だったのです。

・アタリに加え、RCA、コレコ、マテルなど米国企業が数々の試作・商品を打ち出した。

1982年にはLSIゲーム機は14社76機種もあった。

レッドオーシャンですよね。

そこになぜ任天堂ら日本勢が入っていったのか、そこがポイントです。

・1982年、アタリとワーナーが提携、

スピルバーグのレイダースとETのゲームという「約束されたヒット」を開発したが、

それが大コケ。アタリショックとなる。

ワーナーの経営責任。

開発と経営の双方、デザイン・テクノロジとマネジメントが

揃っていないといけないという教訓です。

・高度な技術ジャンルに対し、日本は家電やPCの企業ではなく、

子ども相手のおもちゃ会社が主導的に取組み、低価格商品を開発した。

これは開発より経営の問題ですね。

・任天堂はLSI機は後発で、レッドオーシャンであることを認識していた。

だが、80年当時、早くも少子化に直面する中で、

子どもたちがおもちゃよりラジカセに興味を示し、

市場がハイテクへ動いていることを認識、ゲーム&ウォッチの開発に踏み込んだ。

市場を見ていた、ということです。

・IBM等のPC普及も始まっていた。

その中で任天堂は、低コスト+子ども遊び目線+茶の間テレビ目線にこだわって、

ハイエンド+大人目線+PCの路線から遠い道を行った。

その仕様の決定に至る洞察にはすさまじいものがあります。

・ファミコンには、ハドソン、ナムコ、コナミ、タイトーらがソフトを提供。

アタリとの違いは粗製濫造の阻止。

ソフト企業へのユーザの信頼、ユーザ間の厳しい評価・情報交換、

流通関係者のソフト評価力、といった土壌があった。

・85年のCESで、コモドール、IBM、AppleらのPC路線を見て、

家庭ゲーム専用機の市場を確信した。

気がつけばブルーオーシャンだったのですね。

米国産のTVゲームが日本で発展し、その後全世界で普及。ゲームはクールジャパンの代表です。またこんなジャンルを生み出してほしい。できると思うんです。本書はその参考書、未来に向けた指南書です。