国際紛争の種となるか、ポケモン

狂騒曲。7月22日に配信が始まって3週間、街中でポケモンが鳴りっぱなしです。

暗くこもったゲームの殻を破って、みんなをオモテに連れ出す。麻生財務大臣が「引きこもりが外に出た」と評したように、歩き回らせて、健康にする。それはwiiがゲーム機を健康用具に換えようとした、その延長です。

そして人を呼び寄せ、街や観光地や店の賑わいをもたらす起爆剤にもなります。既に鳥取県は砂丘を「スナホ・ゲーム解放区」に指定し、東日本大震災や熊本地震で被災した岩手、宮城、福島、熊本の4県はポケモンGOで観光客を呼び込む作戦を表明しています。

この爆発感は、ポケモンGOが基本タダで遊べる点が大きい。スマホゲームがガチャで稼ぐのとは違い、そのエンジンであるゲーム「イングレス」がチェーン店などとの提携によるB2Bをビジネスモデルとしているからです。

運営主体のナイアンティックは、インフラとして広く使わせ、ビッグデータを吸い上げて、より大きなビジネスに展開していくことが狙いなのでしょう。イングレスができなかった大衆化のキャズムを超えたのはポケモンの力でした。技術のインフラに、コンテンツ力があって爆発しました。任天堂側は、従来のスマホゲームでの商売を拒否して自らのDNAを貫き、ようやく乗り得るインフラに出会ったということでしょう。

この技術とコンテンツの幸福な融合は、初音ミクに似ています。ボーカロイドという技術と、ミクという奇跡のコンテンツが出会って生まれたものです。ただ、それを大きくスターにまで育て上げたのは、ニコ動というプラットフォームに参加したユーザたち。みんなが作曲したり歌ったり踊ったりして参加したことで初音ミクは育ちました。ポケモンGOが育っていくかどうかも、参加するユーザに左右されます。育つ可能性が高いのは、ユーザ力の高い日本。日本投入を若干遅らせたのは、それがわかっていたからでしょう。

これに対し、心配もかまびすしい。内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)は配信前から「ポケモントレーナーのみんなへのおねがい♪」と題して、歩きスマホはバツなどと注意を喚起しました。姫路城やスカイツリーなどの観光施設も注意を呼びかけ、出雲大社は境内での使用を禁止とし、熊本城は任天堂に抗議しました。最高裁はプレイ対象地域から除外するよう申し入れました。衆院も検討中だそうです。

青少年ネット利用のときのように、官邸ドローン事件のときのように、やすやすと、ポケモンGO禁止法なんてものができたりしないか心配です。社会的な不安が持ち上がると、とりあえず規制って風潮が続いていますから。

しかし、だからといって、実効力のある措置は可能なんでしょうか。ポケモン側に従う義務がないことをどうにかできるんでしょうか。これはポケモンGOに限らない、位置情報やARを使うサービス全般の問題です。現実空間に乗せた仮想空間の利用権を握る企業に対し、地主や国家は何か発言権があるのか、ないのか。どうしてもイヤな場合に対抗手段はあるのか、ないのか。イングレスでは問題にならなかった新課題の勃興です。

無邪気に浸透し、無防備に出没するポケモンたちは、リアルな世界に改めて厳しい目を向けさせます。意図しなくとも政治的な意味も持ち始めます。サービスが始まっていない韓国では、なぜか北朝鮮との国境付近では使えるため、北緯38度線あたりに若者が殺到したそうです。逆に、北から南に誘導するポケモンを国境付近に大量に配備する。これを阻止するため北はポケモン弾圧を徹底する。紛争が勃発する。そんな空想も許されましょう。

サウジアラビアでは2001年にポケモンを禁止した宗教令を再確認しました。そしてとうとう今月イランは治安上の問題を引き起こすとして利用を禁止すると表明。国家としての排除を初めて明らかにしました。何やら紛争の予感がします。

かつてジョセフ・ナイ ハーバード大学教授は、国際政治上の概念として、軍事・経済などの「ハードパワー」に対し、文化力たる「ソフトパワー」を提唱し、日本はポップカルチャーの力を活かすべきと指摘しました。クールジャパン論はこれに乗って盛んになったのです。一方、その議論には常に、「マンガアニメゲームが日本向けのミサイルのボタンを止めてくれるのか」というせせら笑いが伴っていました。

ポケモンの誕生から20年。当時ぼくはアメリカでその熱狂を見ました。世代が巡り、改めてポケモンが世界で大人気を博するのは元気が出ることです。クールジャパン再び。ただ、今回の破壊力は、はなからエンタメの枠を超え、従来のビジネスのモデルも超え、社会をざわつかせるだけでなく、国際関係にもさざ波を立てます。ソフトパワーがハードパワーに転化する例になるかもしれません。しばし目を凝らしておきましょう。