デュフィの追っかけをしています。

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ラウル・デュフィに最初に触れたのは、確か1983年、神戸。兵庫県立美術館に巡回してきたのを、見に行ったんです。英ポスト・パンク、The Durutti Columnという軟弱なバンドのLPレコードのジャケットに使われていた絵が気になり、その画家を知りたくて。

対象の線と、色、光とがズレていて、とりどりの青、とりどりの赤がちりばめられた空間構成。透明で、独特のリズム。絵画なのに、躍動している。弾けている。ぴち、ぱち、と音がする。ほかに見たことのない線と色と光の幸せな画風に、ぼくは生まれて初めて「ああ、この画家、スキだ」と信じました。

それから10年後。パリ滞在の機会を得て、あちらこちらに足を運びました。オルセー、ポンピドー、オランジュリー。パリ市立近代美術館の巨大壁画「電機の精」の前には何度たたずんだことでしょう。市街にある画廊を訪れては、大金持ちになるってのはこれを買うってことを意味する、と認識しつつ、そんな夢は遠いまま20年です。

故郷、ル・アーブルにも行きました。若いころの抑えた色彩はノルマンディーのそれですよね。しかし、たくさん風景を描いたニースの光、町並みを描いたヴァンスの光、南仏コートダジュールの輝きがデュフィの真価を引き出しました。

ニースの海岸に、かつて「デュフィ美術館」がありました。90年代、そこも何度か訪れました。今それは「ミュゼ・デ・ボザール」に移設されています。この間もまたニースを訪れて、拝んできました。タダだし。

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そして、「リヨン美術館」ここの名物は、デュフィの壁画のあるカフェ。いや、カフェつきのデュフィ。窓を開けて、外光を浴びたデュフィとともにたたずみ、日がな茶を飲む。それだけで、リヨンに来る値打ちがあります。ぼくには。

日本にもたくさんあるんです。宍道湖畔にある島根県立美術館には「ニースの窓辺」があります。茨城県近代美術館にもいいのがあります。国立西洋美術館、ブリジストン美術館、ポーラ美術館。ぼくはもうだいたい行ったかな。

で、さきごろ渋谷文化村で開かれたデュフィ展をのぞいたんですが、初見の作品が多くてびっくり。ぼくはまだまだだと感じました。そこで、大阪・あべのハルカスでのデュフィ展にも足を運びました。出し物は東京と同じなのに。

NHK日曜美術館がその展示会の特集を組んでいました。ぼくは彼が色で歓びを表現しているのだと思っていました。でも日比野克彦さんが、そうではなくて彼は色を問いかけているんだと話していました。うん、そうかもしれません。

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茂木健一郎さんは、デュフィの青は万物をつなぐものと評していました。空も生物も家具も青で染める確固たる手法は、そうしたメッセージを含んでいるのかもしれません。彼の絵は、ポップで、平易で、敷居が低い。どんな解釈も笑って許してくれる間口の広さがあります。

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でもデュフィは、マチスで絵の自由を知り、表現を解放しようとして、苦しむことになったといいます。ワクがあるほうが楽に生きられるというのは、ぼくのような凡人には当然でも、天才もそうなんですかね。

彼が表現の枠を取り払おうとしてから自分のスタイルを確立するまでに、いろんな挑戦があったといいます。ぼくらはその苦しみを、成長や変遷として楽しませてもらっています。

パリ・モンマルトルに彼のアトリエが残ってるんだそうです。今後訪れてみます。