井上寿一さん「第一次世界大戦と日本」

井上寿一さん著「第一次世界大戦と日本」。短文で点描のように描くリズムが心地よく100年前を描いていきます。

大正時代はバブル経済崩壊後の失われた20年と共通する経済停滞であり、二大政党制の確立に至る政治システムの模索段階。経済的な国際協調を基調とする時代で、大衆が消費社会を支えた、とします。百年後の今と重なります。その後の歴史を踏まえると、考えることが多い。

一次大戦で日本海軍が地中海へ出かけて活躍する模様も、国際連盟で「国際会議屋」が大活躍し、日本の地位向上に貢献した様子も面白く描かれています。では、軍事・外交が弱まった今の日本が国際舞台で活躍するには、経済か、文化か。今の日本が海外に示すプレゼンスをどう評価すればいいでしょう。

原首相の政治指導、加藤外相の海軍統制、幣原外交によって、日本は軍縮交渉に参加・妥結したとあります。世界大戦という「総力戦」の悲惨さを踏まえ、平和と協調路線に転換したのです。しかしそのころから総力戦=経済戦=支那資源へと陸軍が向かったのは、必然だったのでしょうか。

一次大戦後、欧州の専制政治は終わり、民主主義が広がり、日本も政党政治となりました。それがその後、簡単に崩れたのはなぜでしょうか。結局、一次大戦は終結していなかったということでしょうか。終結のさせかた(ベルサイユ体制)が悪すぎたということでしょうか。

1930年、ロンドン軍縮条約に妥結しながら、翌年、満州事変が勃発します。「国民世論は急角度で満洲事変支持に転換した」。大衆社会に移行していた日本が戦争に進んだ責任は(少なくとも一端は)大衆にあります。軍部が・戦争が悪い一辺倒のドラマを見るたび、ぼくには違和感があります。

在カナダの「帰化した日本人」が参政権を求め義勇兵として欧州大戦に参加し、その多くが死んだといいます。日本国内には義勇兵への賛否両論があったといいます。当時、自分はその海外同胞の悲壮な行動をどう考えたでしょう。無謀だと思ったでしょうか。痛快と見たでしょうか。

9月1日の関東大震災後、三越は10月12日に、高島屋は10月15日に再開した、とあります。同年、小学校の教科書に偉人ダーウィンが登場したそうです。天皇は現人神ではなくなっていたわけです。当時の人たちは、いまわれわれが思い描く以上に、強く、俐発だったのでしょう。