デジタルがカラーを超えてくれるか

まだ幼稚園児だったでしょうか。佐藤くんという友だちが、ウチのテレビはカラーだといばる。それはすごい。当時エノケンさんの「ウチ~のテレビにゃ色がない」というCMが流れていて、私もよそんちのカラーをうらやむエノケン状態だったので、佐藤宅にいそいそと出かけました。

で、一緒に「マグマ大使」を見ました。佐藤くんが「いや~キレイだなあ」とうなるのですが、私には一向に色が見えない。マグマ大使の金も、モルの銀も、ゴア様の青も、どれもウチのテレビと同じで白黒なのです。でも佐藤くんは、画面に「カラー」と書いてあるからカラーなんだと言い張ります。それはウチのテレビにも出てるんだけどな。

なんのことはない、カラーをせがむ佐藤くんが、ウチのは天然色なのよとお母さんに適当になだめられ、見えぬものが見える裸の王様になったというか、心頭滅却して白黒にも色を読む力を体得したというか、要するに私からみればウソつきだ、というのはその直後に始まった「ウルトラマン」をカラーで見てわかったのでした。衝撃でした。

木村太郎さんと放送技術の話をしていたら、「必要は発明の母と言うが、テレビはずっと発明が必要の母だった」とおっしゃいました。カラーテレビが登場した頃、NHKの報道現場では、ことさら色を見せようと、花のニュースばかりになったとか。

ハイビジョンによる高精細化・大画面化、衛星やケーブルによる多チャンネル化、ビデオやDVDによる番組の商品化、ネットの登場によるコンピュータとの融合。まずは技術が登場して、そこから新しい表現や演出や企画がひねり出されていく。これからもそうなのでしょう。

地デジも新しい発明です。これでもか!というぐらいに画面がキレイになりました。ワンセグでケータイでも見られるようになりました。ボタン操作でデータ放送が使えるようになりました。4K衛星放送が始まって、これでもか!これでもか!というぐらいに画面がキレイになるといいます。

だけど、どうでしょう。新しい放送技術は、カラーが登場したときを上回る衝撃をもたらしてくれているでしょうか。ぼくがカラーに出会ったのは幼少期だったので、ことさらショックが強かったのかもしれません。でも、それだけではなさそうです。

恐らくテレビは、デジタルという発明を、まだ必要の母として認めきれていません。もっと面白く、豊かな表現や企画をひねり出せます。スマートテレビの新機軸はこれから生まれていきます。ぜひ強い衝撃を与えていただきたい。