著作権問題、随想 6

政策にはいろいろなアプローチがあります。文化庁や総務省といった行政ががんばるだけでなく、立法もあれば司法もあります。国会でルール化してもらったり、裁判で決着つけたりする。また、特区で実験したり、予算をつけて研究開発したりすることもあります。税制措置で企業を誘導することもあります。電波利用料などの財源を活用することもあります。

ところが、著作権の世界だけは、著作権法の中で考えようとするクセがあります。録音録画補償金は典型ですね。ハードからソフトへの資金移動、権利者保護のための利益還元ということが狙いであれば、著作権制度を使わなくても、実証や基盤整備などの名目で、いろんな資金スキームが考えられるのに。

逆に、著作権制度では、孤児著作物が最もホットなイシューになります。過去の知的資産をデジタル時代にどう活かすか、という大問題です。欧米は利用促進に向け自覚的に動いています。ただ、本件が難しいのは、国家vs Googleの構図になるという点。国家政策とグローバル企業との折り合いをどうつけるか。日本は裁定制度をどう使いやすくするかという改善策での議論になっていますが、これもそこにとどまらない基本戦略の問題です。著作権法のメタ問題。

著作権制度の論議に参加してもう一つ思うのは、非科学的な議論が多いという点です。とてもデータが少ない。他の分野では、規制や制度を変更するときは、その影響を徹底的にデータでシミュレーションして、変更する公益が現状維持を上回るときに決断がなされます。でもぼくが参加した案件のほとんどで、そうした議論はありませんでした。

制度変更を唱える側が、そうしなければ受ける損失、制度変更による市場の拡大、利用者にとってのメリット・デメリットなどを想定数値で出し、反対側が反証し、それを第三者が論議して決する、通常の行政現場で行われるそうした議論に出会うケースは少ないです。

逆に、ある権利の強化を求める委員会で、結論を急ぐ業界代表に対して、その改正によってどれくらいコンテンツの流通が増え、市場はどれぐらい広がるのか問うたところ、「影響はわからない」と即答され、腰を抜かしたことがあります。

著作権制度を議論する審議会に経済学者の姿は見られません。このところぼくもそうした場に足を踏み入れていないから現状は知りませんが、結局、違法ダウンロード罰則化によって、コンテンツはどう動き、市場はどうなり、事業者利益と利用者利益にどう影響があったのか、その検証ぐらいは終わってるんでしょうねぇ。

さて、そんな話をブツブツしていたら、司会者から「そういうアンタはいつまでこの問題に携わってるんだ」という、ぼくにとって実に本質的な問いをいただきました。

そうですよ。いつまでやってんだオマエは、ってことですよ。クールジャパンではボコボコにされ、デジタル教科書ではボコボコにされ、「文化省」設立を唱えてはボコボコにされ、それをまぁ10年ぐらいやっておるのですが、それでも攻める政策屋ってのは、ぼくの他にどれくらいいるんだろう。割に合わないですからね。いないかもですね。

フォーラム参加のみなさん、やっぱりちゃんとした学者になったほうが食えていいですよ。(おしまい)