著作権問題、随想 4

著作権政策は、もはや「行政」による「制度論」では限界がある。だから従来の行政モデルから脱却すべきと考えるのですが、そうは言っても危険もあります。

フェアユースと同時に法制化された違法ダウンロード罰則化。これは政府が閣議を経て提出した法案ではなくて、議員立法でした。正確に言えば、政府提出法案に議員修正案が乗る形で立法化されたものです。

それは関係業界のロビイングが功を奏した成果とされます。超のつく有名人が走り回って国会議員を口説き落としたと聞きます。三権を使おうよ、というぼくの立場からすればうるわしいできごとです。

でも、音楽業界として喜んでいてよいのか。念願の法改正がサクっと実現した、その結果、収入は増えてはいません。逆にネット利用に対する規制が強まることで、利用者の音楽離れを起こしただけではないかとの指摘もあります。法制度の改正とその結果は、業界としてもアカデミズムとしてもしかと検証すべきでしょう。

さらにぼくが気になるのは、ロビイングの力勝負になるということ。音楽業界がうまくやったんなら、IT業界はもっとうまくやるかもしれない。だって資金規模が1ケタ違いますからね。いや、外資がもっと強烈にやるんじゃないか。2ケタ違いますから。そうか、日本も行政=官僚国家じゃなくなって、国会を動かせば何とかなるぞ、とわかってしまえば、音楽業界に不利な事態がうんと起きる可能性だってあります。

司法もそう。クラウド事業の参入を著作権制度が萎縮させている問題についても文化庁で議論が始まりました。「まねきTV」と「ロクラク2」が最高裁でテレビの著作権侵害とされたことで、テレビ局は司法の争いに勝利し、コンテンツ二次流通の資格を得ました。目の前の侵害問題を司法で解決するというのはあるべき戦術でしょう。

しかし結局、クラウド事業が日本ではできないという萎縮状態をもたらしました。その結果、GoogleやAppleなど海外サーバによる海外事業者にマーケットを持って行かれているわけです。局地戦で勝って戦争に負けてるといいますか。

権利を強化するか否かとか、三権のどれを使うかとか、そんなことじゃなしに、そもそも何を守るかを根本的に考えなおさないといけません。著作権法の1、2レイヤ上位にある、メタレベルの問題設定が必要ということでしょう。

(つづく)