「メディアの発生」

加藤秀俊「メディアの発生」。

ヒトやモノ、事象を「むすぶ」のが「カミ」の役割。そしてカミとヒト、ヒトとヒトをむすぶ聖職者、遊女、旅人らを「メディア」として日本各地を探訪するフィールドワークの集大成です。

冒頭、西洋に学んだ社会学の大家である加藤先生が、西洋の学者の本を難解・稚拙な日本語で注解する日本の社会学を「ぶざまで情けない」「幕末の蕃薯調所のような」「インチキ」とバッサリ斬っているのが痛快です。まず社会学からの反論を聞きたい。

本書をテキストに、自分のコメントを加えていきたいと思います。

踊り念仏は200人もの素っ裸の集団が一遍上人のオシッコを浴びたり飲んだりしながらのトランス状態だった。-- カルトは昔も今も大差ないのかもしれません。

旅館でも料亭でも全て接客は女性であり、女将を頂点とする女性組織が握る。サロンの場を仕切るホステス=遊女は、遊芸と洗練された会話の持ち主で、ヒトをむすぶメディア。---日本は女性のメディア機能が高いんですね。

「巫女」はカミ・ホトケに奉仕し、神意をヒトに伝達するメディア。聖職者たる巫女がヒトの俗世間とかかわる距離が近いと「遊女」と呼ばれた。--- 聖と俗が融合するところにメディアがあるのですね。

語り物である「平家物語」が大ヒットとなり、これを演奏する琵琶法師たちがギルド「當道座」を結成して、著作権・演奏権などの知財権を独占した。JASRACの祖型。-- いえ、芸団協もレコ協もその他もろもろ合わせたようなもので。

琵琶法師に検校という三位の中将と同格の官職が与えられ、平家語りの盲僧が宮廷音楽士になった。鍼灸などの医療、金融業も手がけた。73の階層を設け、検校に出世するには江戸時代で700両を要した。---異界の強力な権力機構です。

検校には天皇・皇室、武家は厚い庇護を施し、補助金も与えた。その勧進興行には多くの観客が集まった。---貴族・武家文化と庶民文化が一体だったことがわかります。これはポップカルチャー形成の重要ポイント。

琵琶法師、踊り念仏衆、巫女や瞽女。カミ・ホトケとヒトをむすび、ヒトとヒトをむすぶメディアはみな住所不定の非定住者。動き続けることがカミ・ホトケに近づく方法。--- ノマドのヒトがビットであり、メディアとなる。

文字をつづるのは高度な識字層の特権で、紙・筆などハードウェア量も限られていたので、文字文芸は京都に限定されていたが、旅人による音声の文芸は各地で共有・伝搬された。--- 原始、ソーシャルメディアは文字ではなくオーラルだったわけです。

著作権もなく、脚色、改ざん、なんでも自由自在だった。--- 千年前に著作権法があったら、貴族文化は発展したとしても、ポップカルチャーは発展しなかったでしょうねえ・・