未来論議@国際公共経済学会

ベルギーに本部を置く国際学会。その日本支部の理事を務めていて、大会の実行委員長を仰せつかったので、慶應義塾大学日吉キャンパスで開催しました。

テーマは「2025年のICT」。普段は遠くに眺めているアカデミズムの場を自ら設置することにしたのは2つ理由があります。まず、今、ということ。この20年に一度のデジタルの変革期に公共経済学として注目する価値はあるだろうということ。もう一つは、未来展望。それが欠けているだろうという問題提起です。

かつて、未来の情報社会像に関する空想がたくさんありました。高度情報社会、ニューメディア構想、マルチメディア、ギガビット社会・・妄想がありました。そして、その多くは実現し、むしろ現実が空想を超えてしまいました。

そのせいか、このところ、未来を展望する気力が失われています。メディアが改めて激動期に入ったところ、未来を再度描くのもアカデミズムの役割ではないでしょうか。

でも、アカデミズムだけではムリ。技術、ビジネス、政策といった多角的な観点から描こうとすると、それら最前線の方々の知恵をいただく必要があります。そこで、アカデミズムの枠を超えた有識者のかたがたにお越しいただいてセッションを企画しました。アカデミズムがプラットフォームになり、場を提供する。これをやりたかったのです。

セッションとしては、ビジネス、教育、電子書籍、インフラ、社会といったパネル討論を用意しました。特に私が注目したのは、「2025年のICT社会」です。 

東洋大学松原聡教授の司会で、武雄市の樋渡啓祐市長、DeNA南場智子さん、参議院議員片山さつきさんらが議論しました。

南場智子さんは「ウェアラブルとAR」「オープンソースコミュニティへの参加貢献」の2点を重要な方向として指摘しました。10年以上も前に技術として期待されたものが現実のものになってきたということでしょう。

同時に南場さんは、国よりもアップルやグーグルのレギュレーションが問題と指摘。そう、ぼくも国家とグローバル企業とのガバナンスは最大問題に発展すると考えます。

片山議員は、2025年を展望することに関して、政府のイマジネーション不足を指摘しました。発言を求められたぼくも、今こそ空想する意味と必要性を申し上げました。

それに樋渡市長が反論、「空想は不要であり、目の前の課題を解決すべし」と断言しました。うむ、樋渡さんは図書館改革やiPad反転授業を報告していました。いずれも難事業です。目の前に横たわる大きな岩盤を打ち砕き前進しています。

その目からみれば、空想する呑気さは許されません。ぼくは空想し、樋渡さんは実現する。役割分担、かもしれません。