デジタルのこれから

IP2.0プロジェクトでのぼくのプレゼン、前回の続きです。

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MITネグロポンテ教授が唱道したアトムからビットへの転換、リアルからバーチャルへのシフトは完成します。それを超えた次元で起きることが重要です。そう遠くなく実現することがたくさんありそうです。

一例を挙げましょう。15年前のMITメディアラボでは、ウェアラブルコンピュータで暮らす研究員が何人もいました。技術はできていました。しかし、グーグルグラスは今になってようやく商品化します。新しい技術が登場して普及するまで、それくらい時間がかかるものだとも言えるのです。

当時見えていたデジタルでオンラインの世界は、15年で普及しました。その次、15年前にメディアラボが目指していたような世界がようやく来るのかもしれません。

インテリジェント、ウェアラブル、ユビキタスといった方向性です。言い換えると、「かしこくて、いつも、なんでも」。

1 インテリジェント : かしこい

メディアが私の代わりに自動的にどんどんコンテンツを生んでいきます。世界中のコンテンツを処理・消化していきます。自分のエージェントが自律的にネットの世界を生きて、表現・発信していきます。

2 ウェアラブル : いつも

モバイルは「いつでも」でしたが、ウェアラブルはスイッチをオフしません。24時間「いつも」つながっていて、常に見聞きした情報コンテンツを発信しつづけます。触覚情報もニオイもコンテンツとなります。自分の脈拍や脳波もコンテンツとなって発信されます。

3 ユビキタス : なんでも

ビットが全てのアトムに入ります。町自体がメディアになり、コンテンツを発信します。モノが発信する情報もコンテンツたり得ます。ロボットを遠隔地から操縦して動かすドラマもコンテンツになります。

さて、そうすると、これまでにない課題も発生してきます。たとえば、自分とバーチャルの権利をどう扱うか。エージェントが自分をどこまで代理できるのか。代理エージェントがしでかした発言や契約にどこまで責任を負うのか。

ウェアラブルで常時見られ、映され、蓄積される社会のプライバシーはどこまで保護されるのか。自分の情報をどこまでコントロールできるのか。ユビキタスにあふれる情報の洪水を遮断する権利はどうか。

また、モノの権利と責任をどう扱うか。モノが発生する情報に著作権はあるのか。モノが虚偽を唱えたらどうするのか。ネットで指令されたロボットが施した善行の権利や、しでかした悪行の責任はどうか。

もっともっといろんなことが起きそうであり、これまでにない政策イシューが発生してくるでしょう。それを空想して、つぶしていくという作業が大事です。