ポップカルチャー政策の根拠

コンテンツが一つの政策ジャンルになって20年近く。ここにきて政府は一段と高いギアに入れ、クールジャパンやポップカルチャーを前面に打ち出しました。

でも、ポップカルチャー政策を話題にすると、中味も聞かず、「そんなの国のやることかよ!」という声が必ず飛び交います。マンガ、アニメ、ゲームの海外人気が認知されたとはいえ、未だサブカル扱いで、政策の俎上に乗せようとすると冷たい視線を浴びます。

クールジャパンは10年前にダグラス・マッグレイ氏が記した論文「Japan’s Gross National Cool」がキッカケですし、ソフトパワーを提唱したジョゼフ・ナイ ハーバード大教授が日本はポップカルチャーの力を活かすべきと提言するなど、この流れは日本が自己評価して進めたというより、海外からの発見が先行したもの。国内的には及び腰。

なかなか話がかみあわない。ぼくも政策に関与して20年ほど、じれったさを感じてきました。今回、ポップカルチャー政策の議論に参加してみると、やはりあちこちからタマが飛び、あちこち被弾しました。

だけど、そもそも、ポップカルチャー政策はなぜ必要か。そのおおもとの整理が必要です。

まずは経済政策として。アニメにしろ音楽にしろ、人気コンテンツはビジネスになります。それだけなら放っておけばいい。ターゲティングポリシーはとうに卒業したはず。

ただ、それによって得られた日本に対する好感度や憧れといった波及効果、経済学でいう外部効果はビジネス上はカウントされない。コンテンツ生産量は社会経済的にあり得べき量より過小となる。これを政策的に高める。

したがって、経済政策的には、コンテンツ産業自体の売り上げを伸ばすというより、コンテンツを触媒として、家電や食品や観光などを含む産業全体が伸びることが狙いとなります。

(これまでもコンテンツ産業の拡大が政策目標にされたことがありましたが、ぼくは反対でした。産業の数値を目標にするならGDPの拡大でしょう。)

もう一つは、文化外交として。ナイ教授のいうソフトパワー、つまり文化の魅力で他国を引きつける国際関係論です。先ごろ日中関係が揺れていた最中に北京大学の博士課程の学生たち数十名にメディア政策について講義をしてきたのですが、その際、連中からは日本ポップカルチャーの動向に質問が集中しました。スキなのですよ。ナルトやワンピースは、戦争を抑止するほどの力を持っていないとしても、ケンカを止める対話のキッカケぐらいにはなるでしょう。

なお、この評価指標がまだできていないのが課題。かつてスタンフォード日本センターで、GDPP(ポップパワー指数)を開発するプロジェクトを企画したものの、スポンサーが見つからず、うまく立ち上がりませんでした。やってみたいものです。