チャントリのような組織を作りたい

「女子高生に“尊敬するひと”って聞いたら、櫻井翔くんと答えられて困ったよ」と同僚が話していました。翔くんの父親はぼくの役人時代の先輩で、同じ官舎の上に住んでいました。幼稚園のころ、いつも礼儀正しく挨拶する彼に、もうすぐ小学校だねと話しかけたら、「慶應に行くんです」と答えたので、さすが幼稚舎、しっかり選んでるなと思った記憶があります。まさかうんと後になってぼくも慶應の門をくぐるとは思いませんでした。翔くん尊敬してていいじゃないですか。

「男子高生に聞くと、AKBのメンバーを挙げたりするよ」。なるほど、昔タイプの尊敬するひと像が失われて、アイドルを尊敬するひとリストのトップに上げてしまう彼らの視野の狭さに困惑しているのですね。それが彼らの評価軸なのでしょうが、確かに危ういことかもしれない。彼らの問題というより、尊敬するひと像を提供できていない大人社会の問題です。現在の総理大臣から何代も遡って、尊敬するひとリストにランクインしそうな方がいるでしょうか。

で、ぼくはどうだろう。う~ん、為政者にはいないなあ。役人のころの上司や、2001年に亡くなった大川功セガ会長や、MITニコラス・ネグロポンテ教授や・・・と巡らせていたら、思い出しました。週刊アスキーの創刊ゼロ号で「憧れるのはチャンバラトリオ」というぼくのインタビューが掲載されていたことを。

チャンバラトリオ。吉本興業の芸人です。今はもうメンバーの形が変わっていますが、ぼくが指す全盛期のチャントリは、カシラ:故・南方英二、リーダー:山根伸介、結城哲也、伊吹太郎の4名。4人でトリオというところからもうひざカックンのカッコよさ。カシラとリーダーがいるガバナンス不明もステキ。

ぼくが憧れたのは「実力ある自在性」です。まず、伝統と破壊。チャントリは、彼らの出身母体である東映時代劇の「型」が定まったチャンバラが基本の芸。舞台での立ち回りだけで拍手がわく力量を持っています。それをグダグダのコントで一気にバラす。伝統芸を壊して自由形で表現する。つまり、正統パンクです。

同時に、構成やセリフのしっかりした「芝居」を「即興」のボケやツッコミで崩しても行きます。険しい表情と所作で時代劇を展開しているところに、急にカシラがカン高い叫び声をあげ、しゃーないしゃーないとみんなで芝居を降りてハリセンを始める、毎度お約束のパターンも、故・桂枝雀師匠の「緊張と緩和」をチャントリにしかできない落差で崩すというモデル。

4人のキャラがどっしりとそびえているのは当然なれど、それぞれがボケ+ツッコミを併せ持つ実力。そして個々人の力量があるため、それぞれピンでも舞台を回せるうえ、各モジュールが自在にユニットを組める点。4人で殺陣をすることもあれば、ABC、ABD、ACD、BCDの組み合わせでトリオのコントも、AB/AC/AD/BC/BD/CDで漫才を行うこともできる。自在です。バンドでもビジネスでも、こういうユニットが組めれば最高でしょう。作ってみたいなぁ、そんな組織。

北野武「ソナチネ」はその真骨頂を世界に伝えました。カシラが演じる無言の殺し屋は、アジアの男のカッコよさを表しました。もっとスゴいのがビートたけし「みんな~やってるか!」。チャントリの面々をこの上なくうまく使っています。でも残念ながら、チャントリのすごさは、正当に評価されてはいません。

クールジャパンは、自らが気づかなかった日本の価値を海外に評価されたものです。ぼくらの周りには、まだ自己評価の低い宝物がたくさんあるはず。自分がスキだと思うものにはうんと光を当てて、尊敬する!と言い切りたい。自分なりの評価軸を持ちたいと思います。