韓国の教育情報化、その衝撃

デジタル教科書。政府は2020年に一人一台環境を整備することを目標に掲げ、総務省と文科省とが連携して20の小中学校で実証研究を進めています。日本は本気です。ところが、韓国はもっとすごい。デジタル教科書の計画は日本より6年早くて、デジタルネイティブを想定した教育環境が設計されているんです。

その背景には、「教育とITで生きる」という97年のIMF危機を経た韓国の明確な国民・産業界の意識があります。教育とITに資源を集中投下している実態もあります。「幸せは成績順にやってくる」(!)という言葉が定着しているほど教育熱が高い。子どもたちのデジタル読解力はOECD1位(日本は4位)。先生はIT利用で評価が左右され、教材作りにも熱心。日本の現場から聞こえる「たいへんだ~」という弱々しい声とは異なります。

そして何より、政治リーダーシップの違い。教育をはじめ国全体のIT化を強力に進める決断と、断固推進する実行力。大統領制がプラスに生きた例でしょう。教科書を国が定めていた韓国が「教科書法」を改訂し、校長が認めればデジタルも教科書として扱われるようになったといいます。日本は法律上「紙」しか認められていません。まして校長が認めれば、など夢のようです。

韓国の学校現場を歩くと、先生や生徒は日常的にスマホやタブレットを使いこなしていて、研修も訓練もなく授業で活用する実態を目の当たりにします。PCベースからモバイル、タブレットベースに移行しています。ただ、単に進んでいるというより、韓国のアプローチが日本モデルとは異なることに注意を要します。

教育情報化を推進する韓国の政府機関KERIS (韓国教育学術情報院)は「当面、端末は自前で用意する。既に学生の4割がスマホを持ち、タブレットもいずれ広がる。端末はバラバラでよい。だが、2014年に全小学校でデジタル教科書をスタートさせる。」といいます。

コンテンツ先行型です。デバイスの種類を問わず、デジタル教科書=アプリやコンテンツが使えるようにクラウドを整える。一人一台=デジタル教科書という日本が抱くハードウェア先行イメージとは異なります。

このため、「標準化」が重要となります。2015年には、全てのアプリやコンテンツがあらゆる端末で利用できるようにしたいといいます。なるほど、コンテンツとクラウドの利用が先に走って、デバイスフリーという考え方や、そのためのポイントが標準化だとする視点は、依然PC主体で導入の是非を議論している日本の数周先を進んでいると言わざるを得ません。

さらに驚くのは、SNSが学校現場に導入されている点です。ぼくが訪れた公立校では、韓国製SNS「CLASSTING」の学級サイトに生徒が写真をアップするとともに、EvernoteやGoogleドキュメントを使って、授業の感想やサマリーを共有。先生は家庭との連絡事項をCLASSTINGに投げるとともに、Facebookもtwitterも使っていました。家でもPCやスマホで予習・復習ができるのに加え、親も授業の内容をリアルタイムにチェックできるわけです。

これにより、授業が効率的になったこと以上に、学校が開かれたという効果のほうが重要だといいます。親にも開くと聞くと、モンスターペアレントは?という質問がちらつきますが、「学校を開いたことで、親たちは信頼してくれるようになり、静かになった。」という反応。

日本政府も民間も、「デジタル教科書、情報端末、教育クラウド」の3点セットを普及させるべく推進しているんですが、韓国の事例は、「ソーシャルサービスを軸に組み立てていること」「家庭や保護者にもオープンでつながっていること」の2点で、これまた一つ先のモデルと言っていいでしょう。未来があります。

韓国の先生方にアドバイスを求めると、一様に「”やるかやらないか”の段階ではない。 “どうやるか”だ。」という答えが返ってきます。日本の関係者だけが常に「やるべきか否か」の質問を浴びせるからです。失われた20年。IMF危機とは別種の緩くて重い危機にある日本は、内側から変わるしかない。教育情報化はその典型的な試金石です。