30年ぶりの高野山

先週、念仏について記したので、今週はしばらく前に訪ねた高野山の旅行記を。いや別に仏教徒というわけではありません。昨年1年だけでも、モスクワのロシア正教会やら法隆寺やらバルセロナのサグラダファミリアやら平安神宮やらパリのノートルダムやら湯島天神やらカトマンズの寺院やら山口の瑠璃光寺やらコルカタのヒンズー寺院やら、節操というものがありません。

で、標高800mに100以上の寺院が密集する宗教都市、高野山。そのコミュニティに53ある宿坊の一つ、「赤松院」での朝のお勤め。住職と共に経を唱える。空腹にひんやりした空気が清々しい。30年ぶりです。

前回は、アコーディオンを求めて来ました。バンドで使いたい。「けいおん!」で全国ブランドになった楽器店「十字屋」でアコーディオンを見たら、高くて手が出ない。どこかに捨てられてないか?「高野山には傷痍軍人がいて、アコーディオン弾いてるらしいで」「もう歳やから安う譲ってくれるんちゃうか」「そのじいさん連れて来たらええんちゃう」「ケンカして取ったったらええねんゼッタイ勝つど」

学生はアホです。とりあえず仲間で行ってみました。あわよくばパンクの乱闘に乗じアコーディオン持って下山できるかもしれない。

阪急から御堂筋線、南海に乗り換え、ケーブルカーに乗って山頂まで来ました。いたいた。傷痍軍人さん。幟を立て、白衣で何やら請うている数名。太平洋戦争、お疲れさまでしたありがとうございました。

いたいた。サングラスの男がアコーディオンを弾いている。ところが、どうみても、我々とそう歳が変わらない!しかもガタイはうんとデカく筋骨隆々、草食系パンクがかないっこないぞアイツ。いったいどの戦争に行っていたというのか。時は湾岸戦争の起きる10年前。ベトナムでも若すぎるぞ。フォークランドの傭兵か?

スゴスゴ下山して30年。自分も歳を刻みました。そろそろもう一度、自分のアイデンティティを確かめてみてはいかがか。そう思っての再高野山です。

小さいころ、ばあさんがたくさん持っていた仏教マンガを盗み読んでいました。商業誌ではお目にかかれない大雑把な筆致なのだが、おどろおどろしく、お釈迦様の功徳が並べられているにもかかわらず、ほとけさまの世界ってなんて怖いんだろうと思っていました。子どもを盗んで最後たしかみんなでザクロを食うマンガなどガタガタブルブルして読んでいました。

そんなマンガ、まだ売ってるかもしれない。歩いて探してみました。ありました。「地獄と極楽」「お大師さま」「かんのんさま」「石童丸」。興奮して買ってきました。子ども盗んだマンガを描いたのは「地獄と極楽」の絵師と同じだね。おおこわ。この絵だ。だけどその絵師は資料によれば昭和35年に逝去。となるとぼくの生まれる1年前にはお亡くなりになり、作品はできていたわけです。短くとも50年の歴史を持っているマンガなのです。

おどろおどろしいのは真言密教の聖地の面目躍如でしょうか。泉鏡花が「高野聖」で描いた魑魅魍魎は今も金剛峯寺のあたりに気を集結させているかもしれません。

奥に進みます。世界遺産「奥の院」に向かう参道には、皇室、公家、大名など20万基の墓があるとされ、織田信長、明智光秀、赤穂四十七士、法然、親鸞、鶴田浩二などの墓碑や供養塔があります。

うっそうとした参道を抜け、今も空海上人が瞑想しているとされる御廟にさしかかろうとしたところ、高野山のおじさんが言いました。「ドコモのひとは電源を切って下さい。」なぜですか。「auとソフトバンクは圏外です。」

うはは、なんじゃそれは。「ケータイ切れ」でええやんけ。

いや、違うのか。おじさんが言いたいのは、こんなところまで電波で覆うなよと。奥の奥の聖地まで文明の名の下で便利にしたりするなよと。見えぬ魑魅魍魎が見えぬ電波に浸入されているではないか。気がつけばアイデンティティーが薄らいでしまうではないか。なんていう、なんかこう漠然としたことがらの発露なのかもしれません。

そのときドコモだったぼくは電源を切りました。