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礼真琴の歌声が名古屋・御園座の客席を酔わせる、宝塚歌劇星組『王家に捧ぐ歌』

中本千晶演劇ジャーナリスト
画像制作:Yahoo! JAPAN

 名古屋・御園座での宝塚歌劇星組公演『王家に捧ぐ歌』は、当初2月8日に予定されていた初日が17日へと延期され、わずか10日間という短い期間の公演となってしまった。だが、その分密度濃く、今こそ伝えたいメッセージが熱く発せられる舞台となっていた。

 『王家に捧ぐ歌』は、オペラで有名な『アイーダ』を、宝塚歌劇バージョンとして新たな脚本(木村信司)、音楽(甲斐正人)で舞台化した作品だ。

 古代エジプトの将軍ラダメス(礼真琴)と、囚われの身となっているエチオピアの王女アイーダ(舞空瞳)は互いに愛し合うようになる。だが、エジプトの王女アムネリス(有沙瞳)もまたラダメスを愛しており、ラダメスが自分と結婚して次なるファラオの座につくことを望んでいた。

 ラダメスは両国の争いを終わらせるためにエチオピアと戦い、勝った上でこれを解放する。だが、エチオピア人の憎しみが消えることはなく、争いのない世界で愛に生きたいと願う二人を悲劇に巻き込んでいく。

 2003年に星組で初演され、2015年には宙組でも上演された名作の待望の再演である。『レ・ミゼラブル』や『エリザベート』といった近年人気のミュージカル作品と同様、歌中心で展開する一本物の大作だ。劇中の楽曲はオペラとは異なるが、どれも耳に残る名曲ばかり。ミュージカルの作曲家が育たず良質のオリジナル作品がなかなか生まれないといわれる日本において、特筆すべき作品ではないかと思う。

 今回は歌に定評のある演者が主要キャストにそろったことで、この作品の魅力がさらに際立った。ラダメス演じる礼真琴の朗々たる歌声、アイーダとアムネリスの「女の戦い」、そして一新された斬新な衣装など、今回の再演ならではの見どころについてお伝えしよう。

 まずはラダメス・礼真琴の甘い歌声。この人に愛を切々と歌い上げさせたら最強なのでは?と思う。とくに2幕、ラダメスとアイーダが国を捨てて二人だけで生きていく決意をする「月の満ちるころ」までの場面は圧巻だ。あんな風に呼びかけられ、手を広げて迎えられたら、女性なら誰しも飛び込んで行かざるを得ないのではないか。

 この場面、アイーダの心中は複雑な思いが千々に乱れている。それをセリフにするとまどろっこしいものになってしまいそうだが、歌は言葉にならない繊細な気持ちの変化まで表現し、アイーダの決意に理屈抜きの説得力を持たせてくれる。やはり、ミュージカルにおける歌のチカラは大事なのだ。

 アイーダ(舞空瞳)とアムネリス(有沙瞳)、二人の「女の戦い」も今回の見どころだった。

 ちなみに、ヒロイン・アイーダのキャラクターは初演から少し変わってきている印象がある。初演のアイーダは「エチオピアの王女」としての側面がより強く描かれ、その意味でアイーダとアムネリスは似た者同士の二人でもあった。ラダメスから秘密を聞き出すのも、エチオピアの王女としての責務ゆえのことにみえた。

 だが、今回のアイーダがそうするのは、むしろラダメスとの愛だけに生きるためである。いっぽう、アムネリスは祖国を背負って生きる。エチオピアの大地に伸びやかに息づく情熱的なアイーダと、理性で感情を押さえて強く生きる誇り高きアムネリス。情の深さでは互いに引けを取らないが、生き方の違いが際立つことで「女の戦い」もさらに迫力が増したように思える。

 今回、衣装が一新されたことも大きな話題となった。ポスター公開時には物議を醸したが、実際に舞台で見ると悪くない。むしろ新鮮だった。エジプトは白、エチオピアは黒を基調としたシンプルなデザインは、若さと躍動感あふれる今の星組らしい気がした。また、「いかにも古代エジプト」のイメージが薄まったことで、これはどこの国でもありえる話なのだという意味合いも強まったように思える。

 三人の周辺の人物たちそれぞれの生き様も、物語に膨らみを与える。自分自身に陶酔し切っているウバルト(極美慎)、虎視眈々と機会をうかがうカマンテ(ひろ香祐)、そして、少年兵を思い起こさせるサウフェ(碧海さりお)と、ファラオの命を狙うテロリストも三者三様だ。いっぽう、ケペル(天華えま)とメレルカ(天飛華音)は、エジプトの平和とラダメスの変貌により、戦士としての自己の存在価値を根底から覆されていく。

 両国の王は今回から演者を一新した。エジプト王ファラオ(悠真倫)は神の子が地上に降りてきたような温かみを感じさせ、エチオピア王アモナスロ(輝咲玲央)は冷ややかで不気味な存在感を放っていた。

 2003年、アメリカがイラクに軍事侵攻を開始した年に初演されたこの作品は、反戦と平和への願いがテーマだといわれてきた。だが、劇中で何度か繰り返される「人は自分のためになることしか、決して行いはしない」というセリフこそが、この世界の現実を言い当てているのかも知れないとも感じる。

 人それぞれの「自分のためになること」が集積したとき、時にそれらは互いにぶつかり合って問題を起こす。その最たるものが戦争だ。登場人物一人ひとりの真摯な生きざまが浮き彫りにされるほどに、「争いをなくすこと」が一筋縄でいかない難題であることを突き付けられる。

 王位についたアムネリスは「この世から決して戦いはなくならないだろう」と虚しく予言しながら、なおも言う。

「我々は決して、明日への希望を失ってはならないのです」

 そして、死にゆくアイーダは最期に「ひとつだけ、できることが残されている」と言う。

「(それは)祈ることよ。この世界で愛し合う者たちが死ななくてもすむように…」

 これらの言葉はそのまま、現在の私たちの心に響く。「祈る」とはどういうことなのか、考えさせられる。

 「きれいごとだ」「理想論だ」と言われるのかもしれない。それでも臆せず、こうしたメッセージを発信し続けていくことは、演劇だからできることであり、演劇の役割なのだと思う。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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