宝塚歌劇花組公演『アウグストゥス』、尽きない興味とこれからへの期待

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 花組公演『アウグストゥス』が4月2日、宝塚大劇場で開幕した。作・演出は田淵大輔。『Victorian Jazz』ではイギリスのヴィクトリア王朝時代、『SANCTUARY』ではフランスでユグノー戦争を戦い抜いたアンリ4世、そして、『異人たちのルネサンス』ではレオナルド・ダ・ヴィンチと、これまでもタカラヅカとしては意外な時代や人物たちを舞台で描いてきた。その作者が選んだ次なる主人公が、古代ローマにて帝政を始めたとされるオクタヴィウスだった。

 案の定「わかりにくい」との声もあるようだ。だが、私はこの作品を観て、ますます興味をそそられてしまった。何故か? それは、一つには作品の歴史的背景がやっぱり面白いこと。そして、もう一つには、カエサルでもブルートゥスでもなく、あえてのオクタヴィウスを主人公に選んでしまうという、その挑戦が興味深いからである。

◆前提として知っておきたい、ローマの共和政

 この作品の「わかりにくさ」をクリアするためには、大前提として古代ローマの「共和政」とはいかなるものであったかを知っておくといい気がする。その鍵となる組織が「元老院」だ。ローマの共和政は、有力貴族で構成される「元老院」で話し合って決めたことを、2名の執政官(コンスル)が実行していくというやり方だった。

 ところが、ローマが次第に領土を広げ、人口も増え、多様な民族が入り混じるようになると、このやり方が難しくなってきた。「元老院による話し合い政治はもう無理。それよりも強力なリーダーシップで国を導いていくことが必要」、そう考えたのがカエサルだったのだ。これに対し、あくまで元老院主導の政治でローマ共和政の理想を守ろうとしたのがブルートゥスの一派である。

 こうして紀元前1世紀のローマは「内乱の1世紀」と呼ばれる泥沼の時代に入る。強引に独裁を進めようとしたカエサルはブルートゥスの一派に暗殺されてしまう。このとき、カエサルの遺言により、わずか18歳にして後継者に指名されたのがオクタヴィウス(後のアウグストゥス)だった。

 あくまで共和政の理想を追求するのか? それとも有能なリーダーに国を委ねるべきなのか? 今なお考えさせられる問いである。だからこそ、オクタヴィウスがこれをどう収束させていくのかも興味深いのだ。

◆主要キャストは適材適所での活躍

 『アウグストゥス』では、カエサルの暗殺から、エジプト女王クレオパトラと結んだアントニウスと「アクティウムの海戦」で対決し、オクタヴィウスが勝利するまでが描かれる。つまり、この作品はオクタヴィウスがアントニウスを下してローマの最高権力者の地位に登り詰める「まで」の物語なのだ。

 動乱の時代のキーパーソンたちが花組メンバーにうまくはまり、主要キャストの見どころは多い。

 カエサルへの恩義と共和政への理想、同志たちからの期待との間で煩悶するブルートゥス(永久輝せあ)。死に様も見事だ。エジプト女王としての責務と恋に身を委ねたい女心との間で揺れ続けるクレオパトラ(凪七瑠海)。女王が選択を誤りそうになるたびに、ぬっと出てくるアポロドラス(和海しょう)の存在感が不気味だ。

 そして、カエサルの後継者への野心を燃やしながらも、最期はクレオパトラとの恋に溺れ身を滅ぼしていくアントニウスを演じるのは、これが卒業公演となる瀬戸かずや。タカラヅカの男役としてはギリギリの線で見せる野卑な色気がスパイスのように効き、「俺」という一人称がよく似合う。高飛車だったクレオパトラが墜ちてゆくのも納得。まさに瀬戸の男役道の集大成ともいえる役作りだ。

 史実でもオクタヴィウスを文武の両面から支えたアグリッパ(水美舞斗)とマエケナス(聖乃あすか)。元々が虚弱で戦も得意でなかったオクタヴィウスは盟友アグリッパの存在なしには天下は取れなかっただろうともいわれている。そんな二人の関係性に、同期である柚香・水美の関係性を重ねて見てしまうのもタカラヅカならではの楽しみ方だろう。

◆その後のオクタヴィウス

 いっぽうオクタヴィウスはというと、少なくとも幕開けの時点では、いきなりカエサルの後継者に指名されてオタオタしているだけの若者のようにもみえる。

 だが、その後の権力闘争の過程で彼は重要なことを学んでいったに違いない。その一つは、カエサルが言うとおり、ローマに必要なのは強力なリーダーシップによる独裁であるということ、そして、自分こそがカエサルの遺志を継ぐべき者であるという覚悟だ。

 しかし、これを実現させるためにはカエサルのように強引な手段を取ってはいけない。とりわけローマ共和政の象徴たる「元老院」を決して敵に回してはいけない。これが、オクタヴィウスが学んだもう一点だろう。

 史実では、アクティウムの海戦でアントニウスを倒したオクタヴィウスがまず最初にやったことは「ローマを元の共和政に戻します」という宣言だったそうだ。その上で元老院から「アウグストゥス」との尊称を受け、自らは「第一の市民(プリンキパトゥス)」であるとへり下りながらも、事実上のローマの最高権力者であり続けたのだ。

 その後も驚くほどに周到な方法で元老院や市民の理解を得ながら大国ローマの舵取りを行った。これによってローマは「パックス・ロマーナ(ローマの平和)」と呼ばれる最盛期の幕を開ける事になる。

◆タカラヅカ版『アウグストゥス』への期待

 歴史上の有名人としてのオクタヴィウスは、カエサルやブルートゥス、アントニウスに比べても圧倒的に「地味な存在」だ。成し遂げた偉業のわりに小説や舞台の主人公にはあまりなっていない。その理由の一つとして作家の塩野七生は「書き手を強烈に触発するタイプの人物ではなかったこと」を挙げているし、歴史学者の南川高志氏も『歌劇』への寄稿の中で「宝塚歌劇でアウグストゥスを取り上げると聞いて驚いた」と述べている。

 だが、このオクタヴィウスという人物、私は案外、柚香光によく似合うではないかとも思う。なぜなら、あくまで冷静に、しかし、どこまでも緻密にストイックにものごとを突き詰めていく生き様は、柚香の舞台に向かう姿勢にも重なるように感じるからだ。そしてもう一つ、彼は史上でも指折りの美男であったらしいからだ。

 カエサルは「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」と言った。これに対してオクタヴィウスは、人々が見たいと思う現実を見せつつ、彼だけは、見たくない現実までも直視することを心しながら目標の達成を期したのだという(塩野七生『ローマ人の物語』)。

 つまり、オクタヴィウスは「理想を追い続ける勇気」と、そのために「現実を冷静に直視する勇気」を獲得した。そんな彼の成長過程を描き、物語の最後に、すべてを飲み込み覚悟を決めたリーダーの顔が見せられたら、それはタカラヅカとしても新しいのではないか。

 アクティウムの海戦に敗れたアントニウスがオクタヴィウスに「お前はいったい何のために生きるのか?」と問いかける。実際のところオクタヴィウスという人は本当に理想の世の中の実現のために生きた立派な人だったのか、それとも権力者であり続けることに快感を覚えていたのか? それはわからない。わからないだけに、その答えが観客一人ひとりに見えてくるような、そんなラストになったら面白いと思う。

 また、オクタヴィウスが一皮むけるためのインスピレーションを与える存在として創造されたのがポンペイアというヒロインなのだろう。難しい役どころだが、これが卒業公演となるトップ娘役・華優希が持ち前の芝居心でどう料理して見せてくれるのか? これまでにない新しい顔を見せて欲しいと思う。

 と、あれこれ期待し、作品自体が変化し成長していくのを見守るのもこれまた、タカラヅカならではの楽しみ方ということで。あとは無事に公演が続き、千秋楽が迎えられることを願うばかりである。

<公演情報>

宝塚歌劇花組『アウグストゥス-尊厳ある者-』『Cool Beast!!』

2021年4月2日(金)~5月10日(月) 宝塚大劇場

2021年5月28日(金)~7月4日(日) 東京宝塚劇場