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コロナ禍で観劇スタイル変わった? アンケート調査からわかった演劇ファンの本音

中本千晶演劇ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 コロナ禍に見舞われた2020年は演劇界にとっても激動の1年だった。それは舞台を創る側にとってだけではなく、観る側にとってもそうだったに違いない。この1年、舞台を愛し劇場に通い続けた観客たちはどう変化し、何を考えさせられたのか? 2020年の幕が降りようとしている今、このタイミングでまとめてみたいと思い、アンケートを実施してみることにした。

 題して「『新しい観劇様式』についてのアンケート」。12月7日(月)から13日(日)までの7日間にわたって、主にTwitterなどのSNSにより回答を依頼した。拡散にあたっては、演劇好きな人たちの間でもよく知られる「おけぴネット」にも協力いただいた。

 主な質問項目は次のとおりだ。

1.コロナ禍以前と現在を比べると、劇場に行く回数に変化はありましたか?

2.オンラインでの配信(劇場での上演と同時に行われるもの)はご覧になりますか?

3.いわゆる「オンライン演劇、リモート演劇」と呼ばれる作品(劇場では上演がなく、Zoomなどを活用しオンラインのみで上演されるもの)を観たことがありますか?

4.ずばり「オンライン演劇、リモート演劇」は「演劇」だと思いますか?

 また、1・3・4についてはそれぞれの選択理由などについて記載できるフリーコメント欄を設けた。

 結果、回答を寄せてくれた方は586名。フリーコメント欄は任意回答としたが、6〜8割の人から記入があった。

回答者は「ジャンルを超えて演劇を愛する人たち」

 本題に入る前にまず、アンケートに協力してくださった586名はどんな人たちなのかをざっとみておこう。

 年代は40代と50代で半数以上を占めたが、10代から70代以上まで幅広い年代からの回答が得られた。性別は女性が93.8%。また、居住地は東京都在住者が35.8%、続いて神奈川県13.5%・千葉県7.2%・埼玉県6.5%、関西では大阪府9.6%・兵庫県6.7%と、主な劇場から近いところからの回答者が多かったが、それ以外の全国各地(以下、本稿では「地方」と表記)からの回答者も2割を占めた。

 また、「コロナ禍以前はどのくらいのペースで劇場に行っていましたか?」という質問に対しては「月に数回」と答えた人が7割以上を占めた。

※筆者作成(以下同じ)
※筆者作成(以下同じ)

 好きな演劇のジャンルについては「帝国劇場やシアターオーブ、梅田芸術劇場などで上演される海外ミュージカル(以下、本稿では「帝劇などで上演される海外ミュージカル」と表記)」「劇団四季」「宝塚歌劇」「2.5次元ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌舞伎や文楽など日本の伝統芸能」のそれぞれについて「よく観る」「時々観る」「観ない」を選んでもらう方式で確認した。

 結果、「よく観る」「時々観る」人の割合が最も高かったのは「帝劇などで上演される海外ミュージカル」、続いて「ストレートプレイ」だが、こちらは「時々観る」の割合が高い。いっぽう「よく観る」人の割合が最も高かったのが「宝塚歌劇」である。ジャンルごとの客席から感じ取れる観客層の特徴を示していると言えそうだ。

 そこで気になるのは、回答者たちが「特定のジャンルの舞台のみを観ている人」なのかどうか、だろう。これについてもクロス集計をとって確認してみたが、ある一つのジャンルのみ「よく観る」が、それ以外のジャンルはすべて「観ない」と答えた人はほとんどいなかった(最多が「宝塚歌劇のみを観る」という人で14名)。

 また、ここに挙げた以外でよく観るジャンルも聞いたところ、バレエ、クラシックコンサート、ジャニーズ、劇団☆新感線、お笑いライブ、朗読劇など、様々なものが挙げられていた。

 ちなみに、今回のアンケートでは2.5次元ミュージカルを「よく観る」「時々観る」と回答した人の割合が少なかったが、これも2.5次元ミュージカル「のみ」をよく観る人は0だった。実際には2.5次元ミュージカル(舞台)を中心に観る人は若い世代に少なくないはずだが、こうした層は今回の回答者には含まれていないと推測される。

 以上をまとめると、今回のアンケートの回答者として「『帝劇などで上演される海外ミュージカル』『ストレートプレイ』『宝塚歌劇』のいずれかを中心にしつつ、劇団四季や歌舞伎など様々なジャンルの演劇を楽しむ人たち」という像が浮かび上がる。この像は今の日本の商業演劇界を支えるコアな観客層のひとつのイメージと言って良いと思う。

 また、アンケートの収集方法から考えて、今回の回答者は「ネットやSNSを使いこなして主体的に情報収集する人たち」であるということもいえるだろう。

 以下、アンケートの集計結果とフリーコメント欄に寄せられた声を元に「演劇界におけるコロナ禍の影響」を客席の側から探ってみたいと思う。

「本当に行きたい作品」だけが厳選されるように

 最近は空席が目立つ舞台も多い…「コロナ禍以前と現在を比べると、劇場に行く回数に変化はありましたか?」という質問に対する結果は、そんな実感を如実に反映するものとなった。「以前より劇場に行く回数は減った」と回答した人が65.4%、また「今は劇場には行っていない」という人も9.2%いた。4人のうち3人が観劇回数を減らしていることになる。

 理由の第一はコロナ禍で外出を控えているためだが、その背景は様々だ。「劇場での感染が怖い」という他、家族への配慮(これは直接的な感染予防の他に「家族に心配される」「観劇で出かけるとは言いにくい」といったものもある)、仕事の都合を挙げる人が多かった。

 また、東京から関西、あるいは全国各地から東京など、遠距離の移動を伴う観劇(いわゆる「遠征」)は控えるようになったという人も多い。

 とくに「今は劇場には行っていない」という人たちは、自身が高齢であったり基礎疾患を抱えていること、医療従事者であることや、家族に高齢者や医療従事者がいること、地方在住で近所の目も気になるといった理由を挙げている。絶対に感染できないため観劇も許されない状況であることがうかがえる。

 もう一つ多く挙げられた理由は、単純に「公演が中止になったから」「そもそも公演が減った(関西や全国ツアーなど東京以外での公演/来日公演)」というもの。したがって、この理由を挙げた人の中には、現在は観劇の頻度も元に戻っているという人もいる。

 「気持ちが萎えてしまった。以前のように行きたい気持ちが起こらない」など、気持ちの変化を挙げた人も目立った。度重なる公演の中止や、外出を控えるようになったことは観客の精神面にも大きな影響を及ぼしている。

 「贔屓の舞台を確実に観に行きたいので、その分他を絞るようになった」「『ちょっと興味がある』程度では行かなくなった」「同じ作品のリピート観劇をしなくなった」など、コロナ禍以降の観客は「本当に行きたい作品」だけを厳選するようになってきているのだ。

劇場に行く回数が「変わらない」「増えた」人も

 「変わらない」と答えた人は18.1%と5人に1人の割合。この人たちは「(東京在住であったり、家族や仕事の状況など)環境的に恵まれている」ことを前提に「劇場での感染リスクは少ない」と判断し「対策をしっかりしてから」劇場に出向いている。その根底には「公演がある限りは行く」という覚悟がありつつも、きちんと情報収集を行い冷静に考えた上で「劇場に行く」という判断をしている様子がうかがえる。

 興味深いのは「以前より劇場に行く回数が増えた」と回答した人も7.3%いたことだ。この人たちが挙げる理由は大きく分けて2つで、ひとつは「舞台の空席を少しでも埋めたい」といったもの。そして、もうひとつは「チケットが取りやすくなったから」である。環境が許す層にとっては観劇のチャンスは広がっているともいえる。

 「変わらない」「以前より劇場に行く回数が増えた」と回答している人たちに共通するのは「自分が観ることで演劇界を応援したい」という気持ちである。

 ジャンル別のクロス集計をとって全体値と比較してみると、帝劇などのミュージカルを「よく観る」人で観劇回数が「減った」人は69%と高く、「増えた」人は5%と少ない。これは『エリザベート』などの大作ミュージカルがことごとく中止になった影響も大きそうだ。ストレートプレイを「よく観る」人も同様の傾向で、観劇回数が「減った」人が69%、「増えた」人は3%。フリーコメントで小劇場の感染対策への不安が挙げられていたが、それも影響しているかもしれない。

 宝塚歌劇の場合、「よく観る」人のうち観劇回数が「減った」人は62%と少なく、「変わらない」人は20%、「増えた」人は10%と多い。いっぽう「時々観る」人は「変わらない」人が16%、「増えた」人は3%と少なく、「今は劇場に行っていない」人も15%と多い。劇場に行きやすい人は積極的に足を運んでいるが、地方在住者など「遠征」中心組の足が遠のいていることも影響しているのではないだろうか。

 年代別にみると20代の「減った」人は58%と少なく「増えた」人が14%と多いのは予想どおりだが、30代は逆に「減った」人が71%と多く「増えた」人は3%と少ない。これは自由な20代に比べ、30代に入ると仕事や家庭の影響を受けやすくなるといったことかもしれない。

 面白いのは60代で、さすがに「増えた」人は4%と少ないが、「変わらない」人は23%と多い。おそらく、この世代で今回のアンケートに回答してくださっている方は、テレビなどの報道に振り回されるのではなくSNSなどで積極的に情報収集して自己責任で観劇しているのではないだろうか。

東京・地方の格差問題が浮き彫りに

 居住地別にみると、やはり東京は「変わらない」人が23%、「増えた」人も10%と多く、「劇場に行ってない」人は3%と少ない。神奈川も「変わらない」が25%だ。同じ首都圏でも千葉は「減った」人が71%と多く「増えた」人は2%と少ない。これは劇場からの距離も影響しているということだろうか。

 逆に、地方は「劇場に行っていない」人が24%と圧倒的に多く、「変わらない」人は7%、「増えた」人は2%にすぎない。

 地元での公演の機会は減り、遠距離を移動しての観劇もできない。さらにご近所の目も気になる…と、コロナ禍は地方在住の演劇ファンに三重苦の打撃を与えている。

 フリーコメント欄からも、環境が許す限り再び劇場に足を運び始めている東京在住のファンと、未だ身動きできない地方在住のファンとの間にはかなりの温度差が生じているのを感じた。これまでも東京一極集中は演劇界の課題だったが、コロナ禍はこの「格差」をますます広げてしまっているのではないか。この点もじつは、演劇界が直面している重大な課題のひとつではないかと思う。

後編ではさらに、今年急速に増えたオンライン配信や、劇場での上演のない「オンライン演劇」に対する思いを深掘りします。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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