礼真琴がダーティーヒーローの孤独を切なく魅せる、宝塚歌劇星組梅田芸術劇場公演『エル・アルコンー鷹ー』

『エル・アルコンー鷹ー』人物相関図  ※筆者作成

 青池保子の人気漫画を舞台化した『エル・アルコンー鷹ー』が再びタカラヅカの舞台に登場した。2007年に星組で上演され、話題を集めた作品だ。タカラヅカでは異色のダーティーヒーロー、ティリアン・パーシモンを今回は星組トップスターの礼真琴が演じて新境地を見せた(梅田芸術劇場にて28日まで、千秋楽にライブ中継、ライブ配信あり)。

 脚本・演出を担当したのは齋藤吉正だ。原作の漫画は『七つの海七つの空』『エル・アルコンー鷹ー』『テンペスト』の3篇からなり、これらのエピソードを並べ替えてまとめた作品である。このため展開は早いが、原作の個性的なキャラクターたちが続々と登場し、漫画の印象的なシーンも盛り沢山だ。

 

 時は16世紀後半、「太陽の沈まぬ国」スペインの太陽がまさに沈む直前の物語である。イギリスに生まれながらスペイン人の血を引くティリアンはスペイン無敵艦隊で「七つの海七つの空」を制覇するという野望を胸に抱いていた。悪虐の限りを尽くしてイギリス海軍で名を挙げたティリアンはスペインに迎え入れられ、ついに憧れの無敵艦隊を率いてイギリスと対峙する。

 主人公ティリアンは冷徹で非情、目的のためには手段を選ばぬ人物である。だが、果たして真の悪人なのだろうか? その野心で固く覆われた心の奥底にあるのはとてつもなく深い孤独ではないのか。原作漫画を読んだときからそんな疑問を抱いていたが、礼のティリアンからは、それをより強く感じた。どれほど野心を満たしても決して埋まらない孤独が切なく哀しい、冷たさの奥底に血の通ったところを見せたのが礼真琴らしかったと思う。

 そのティリアンの好敵手となるフランスの女海賊ギルダを、トップ娘役の舞空瞳が演じる。「可憐な」や「純真な」などではなく「カッコいい」という形容が一番ぴったりくる役どころだ。ティリアンにとって女性は野望に近づくための道具に過ぎないが、その彼が唯一心からの尊敬と愛情を示す女性でもある。そんな二人の関係は、共に歌、ダンス、芝居の三拍子そろった実力派トップコンビである礼と舞空の姿に重なってみえる。

 ティリアンに陥れられた父の仇を討つために海賊となるルミナス・レッド・ベネディクト(キャプテン・レッド)。白か黒かでいうなら黒に分類される役が続いていた愛月ひかるにとって、レッドは久しぶりの「白い」役だ。だが、世間知らずなインテリ学生が海賊の世界に転じ、さらに素人海賊からティリアンと互角に戦えるまでに成長していく過程を細やかに作り込んでみせたのは愛月ならでは。ティリアンとは対照的なレッドの成長物語を爽やかに描いてみせた。

 さらに今回はティリアンの周りの2つのサブストーリーをよりくっきりと浮かび上がらせることで、盛り沢山なエピソードを追うのに忙しくなりがちな物語を立体的に見せる工夫がなされていた。

 その1つ目はぺネロープ(有沙瞳)とエドウィン(天華えま)、ティリアンの野望に振り回される悲劇のカップルの物語だ。ぺネロープは原作では高慢なお嬢様のイメージだが、箱入り娘がティリアンによって恋する女に生々しく変貌させられていくさまを、繊細に演じてみせる。いっぽう、その人の良さゆえに婚約者ぺネロープを奪われることになるエドウィンは、復讐の鬼と化していくさまが痛々しい。

 

 そして2つ目がジェラード(綺城ひか理)の物語である。ジェラードは幼いティリアンの憧れの存在としての姿と、成長したティリアンが敵対したときの老いた姿の残酷な落差をはっきりと見せつける。ジェラード処刑後のティリアン独白の場面がひときわ強く印象に残った。あのとき彼は「幼いころの夢」と「父親としての存在」そして「男としてのライバル」その全てを喪失したのだろう。

 レッドに惚れ込んで良き相棒となるキャプテン・ブラック(天飛華音)は持ち前の天真爛漫さで原作のイメージどおりの男気あるキャラクターを表現、レッドを支えつつ教え導く先輩海賊としての役割を頼もしく果たしていた。

 ティリアンを慕うニコラス(咲城けい)も可愛い少年のイメージに留まらず、原作のティリアンとのエピソードを彷彿とさせるような影のある役作りが印象的だった。

 レッドの一味が振り回される娘、ジュリエット(桜庭舞)は登場するたびにその場の空気をピンク色に変えてしまうかのようなインパクト。ダークなエピソードが続くこの作品の中では良きアクセントになっていた。

 どの登場人物も、原作漫画で描かれるキャラクターを踏まえつつ、そこに演者自身の持ち味、そして2時間余りの舞台の中でそれぞれの役が果たすべき役割をどう重ねていくかがきちんと計算された役作りがなされていたように思う。したがって、スピーディな展開の中でも登場人物たちの個性が色濃く感じられた。

 

 ストーリーを追うのが大変だった初演に比べ、今回は不思議と物語にしっかり入り込むことができた。これはもちろん初演の映像や原作漫画による事前の「予習」も功を奏したのだろうが、加えて、再演にあたっての演出やキャストの工夫によるところも大きかったのではないか。その意味で、着実に進化を遂げた再演であったと思う。

 そして物語の大詰めは、世界の海の覇権を賭けて争うスペインとイギリスの戦いへと繋がっていく。

 ティリアンの野望を打ち砕いたもの、その一つはキャプテン・レッドの「正義と良心」である。そしてもう一つは「時代」だ。ティリアンのあずかり知らぬところで、時代は大きく動いていたのだ。この作品で描かれるのは、その中で散っていった、ひとりの男の「滅びの美学」でもある。

 同時上演のショー『Ray -星の光線-』は宝塚大劇場・東京宝塚劇場からの続演だが、一部の場面に変更もあり、若手メンバーの活躍もめざましく、フレッシュな勢いはさらに増したようだ。

 本当なら全国ツアーとして各地の劇場で上演されるはずだった2作品である。コロナ禍の影響でそれが叶わなかったのは残念だが、たとえ1週間という短い期間であっても両作品が日の目を見ることができたことを心から嬉しく思う。