強烈に皮肉で少々お下品? でも夢があって元気になれるブロードウェイミュージカル『プロデューサーズ』

マックス(井上芳雄)とレオ(吉沢亮)の目論見は? ※記事内写真 提供:東宝

 ブロードウェイで話題になるミュージカル作品は数あるが、何故か『プロデューサーズ』は、2001年に初演されトニー賞12部門を総ナメにしたと聞いたときからずっと心に引っかかり、いつか生の舞台を観たいと切望していた作品だった。

 この『プロデューサーズ』が11月9日、東京・渋谷の東急シアターオーブにて初日の幕を開けた。井上芳雄・吉沢亮・大野拓朗・木下晴香・吉野圭吾・木村達成・春風ひとみ・佐藤二朗らが出演。演出を福田雄一が担当する。

 

 生き馬の目を抜くブロードウェイそのものを舞台にしたミュージカルである。落ち目のプロデューサー、マックス(井上芳雄)は、ある日、会計士レオ(吉沢亮/大野拓朗 Wキャスト)の「作品がヒットしない方が利益を出すことができる」との一言から、わざと失敗作を作り資金を騙し取るという詐欺を思い付く。実はブロードウェイのプロデューサーに憧れ、会計事務所でこき使われる人生に疑問を感じているレオも相棒として巻き込まれていくことになる。

 

 最悪のミュージカルを作るべくマックスが集めてきたのは、未だヒトラーに心酔する脚本家のフランツ・リープキン(佐藤二朗)、実力最低の演出家ロジャー・デ・ブリ(吉野圭吾)とその助手カルメン・ギア(木村達成)のゲイカップル、スウェーデンからやってきて英語が全く話せない女優志望のウーラ(木下晴香)という最低のメンバーたちだった。

 マックスは色事の手練手管を使ってホールドミー・タッチミー(春風ひとみ)をはじめとしたニューヨーク中の金持ちの老女たちから資金を調達。満を持して最悪のミュージカル『ヒトラーの春』の幕が上がったが…??

『ヒトラーの春』の華やかな?舞台
『ヒトラーの春』の華やかな?舞台

 面白かった。

 いや、正直にいうと最初は次から次へと登場する個性的すぎるキャラクターに唖然とし、下ネタ、エロネタのオンパレードには不安さえ覚えた。だが、次第にその濃さが心地良い刺激になってくる。そして、見終わった後に残ったのはやはり、ブロードウェイミュージカルならではの爽快感だった。なんだかんだいって王道は踏み外していないのだ。好き嫌いは分かれそうだが、私は好きだ。

 また、一癖も二癖もある登場人物たちをキャストがそれぞれ今までの殻を破って演じているのも面白い。キャスティングの妙も本作の見どころだし、アンサンブルメンバー一人ひとりに至るまで尖っていて、それが作品が放つパワーを底上げしている。

 

 井上芳雄が演じるマックスは目的のためには手段を選ばず、一見「ミュージカル界のプリンス」の新境地のような役柄。だが、プロデューサーという仕事への矜持を持った人物でもあるから、これまで日本のミュージカル界を牽引してきてこの世界を知り尽くした彼には相応しい役のようにも思える。

 コミカルな芝居に時折素顔の井上自身が垣間見えるのが楽しく、春風ひとみ演じるチャーミングな老婦人ホールドミー・タッチミーとのエロシーン(?)からも決して品が失われることがないのは安心感がある。高度な歌唱テクニックを要する場面はまさに真骨頂だ。コロナ禍となってから久々の生オケに合わせた歌声には心震えた。

 私が観た回のレオは大野拓朗。人生に対しても恋に対しても純粋で真っ直ぐなところがぴったりで、業界の酸いも甘いもかみ分けるマックスとも好対照だった。華やかなショーの場面のセンターも良く似合っていて、見ていて心が浮き立つ。

 吉沢バージョンはこれから観劇予定だが、動画を見た限りでもまた違うレオが見られそうだし、これを受ける井上マックスの芝居も変わってきそうで、これまた楽しみだ。

 木下晴香のウーラもお色気勝負な役どころで一皮剥けたところを見せ、その目新しさに観る側がドキドキさせられる。本来の持ち味であろう清純さとのブレンド具合が絶妙で目が離せない。大野レオと木下ウーラの場面はかつて二人が組んだ『ロミオ&ジュリエット』を思い出した。この作品の中の一服の清涼剤のような場面である。

ウーラ(木下晴香)とレオ(大野拓朗)
ウーラ(木下晴香)とレオ(大野拓朗)

 吉野圭吾のロジャー・デ・ブリは最初、他のキャラがあまりに濃すぎるせいか、やや印象が薄い気がしたのだが、劇中劇のヒトラー役で華々しく登場し、客席からごく自然と湧き起こった拍手を耳にしたときにその懸念は一気に払拭された。

 そして、常に寄り添うスレンダーな美女は誰かと思いきや、木村達成が演じるカルメン・ギアだった。そのキュートさと健気さに、これまたオペラグラスが離せない。

 佐藤二朗演じるフランツ・リープキンの異色感が凄まじい。どんな作品にもこういう三枚目の役どころはあるし、そういった役を演じる常連の俳優もいる。だが何かが一味違う。この予定調和じゃない感じ、ごく普通のおじさんが道を踏み外してここまで来てしまった感、それが面白くもあり怖くもある。

フランツ・リープキン(佐藤二朗・左)を口説き落とすのに必死
フランツ・リープキン(佐藤二朗・左)を口説き落とすのに必死

 史上最悪のミュージカル『ヒトラーの春』が出来上がっていく過程に、いつしかワクワクしている自分がいた。華やかな劇中劇にも見入ってしまった。

 あの「鍵十字」マークは暗くハードな場面で使われるものと相場が決まっている気がしていたけれど、もしかして歴史の一幕にはこんな虚飾な一面もあったのではないか? 壮大なる「皮肉」に大笑いしながらも、ふと考えさせられてしまう。

 最初は引きそうになった下ネタのオンパレードも、この作品に必要不可欠な要素なのではないかと思い始めた。マックスはセックスアピールでもって資金をかき集め、ウーラもお色気でもってオーディションに挑む。下ネタのオンパレードはショービジネスの世界をたくましく生き抜くエネルギーの表れなのだ。そう考えるとむしろ潔ささえ感じられる。

 

「ふざけているけれど大真面目」「ずるいけれど正直」「エロいけれど純潔」、そんな人間の愛すべき両義性を描き切る。これこそミュージカルが本領発揮できる部分だ。そして、みんな結局はミュージカルから離れられない。こうした意味でこの作品はミュージカル自体への賛歌である。

 また、この作品では様々な出自や嗜好の人々が登場する。彼らを客観視してその個性を笑い飛ばすことが逆に多様性への賛歌にもなっている。

ロジャー・デ・ブリ(吉野圭吾・右)とカルメン・ギア(木村達成・左)のナイスカップル
ロジャー・デ・ブリ(吉野圭吾・右)とカルメン・ギア(木村達成・左)のナイスカップル

 「バカバカしい作品」と称されるが、もちろんそれだけでトニー賞12部門を総ナメにできるわけがない。その背後にメッセージがそっと忍ばせてある、示唆に富んだ知的なミュージカルだ。強烈なようでいて意外と慎ましい作品といえるのかもしれない。

 かくなる上はキャストの皆さんには千秋楽に向けてとことんまで振り切れてほしい。そのバカバカしさと並行して、マックスとレオ、レオとウーラ、ロジャーとカルメン、それぞれの絆が深く真面目に描かれていけば、「現実」と「夢」の陰影がさらにくっきりと見えてくるだろう。バカバカしい現実を思い切り笑い飛ばして、真面目に夢を追いかける元気が湧いてくる、そんなミュージカルだと思う。

かくして二人は「プロデューサーズ」となった
かくして二人は「プロデューサーズ」となった