100億円の大赤字でも豊洲市場に問題が無い理由。

小池都知事はサンクコストを理解できるのでしょうか……?(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

地下水の汚染で先日から再度話題になっている豊洲市場だが、移転した場合には100億円の赤字が発生すると東京都が公表した。

東京都は25日、築地市場(中央区)からの移転を延期した豊洲市場(江東区)が開場した場合、施設の減価償却費などを含めた収支は年間100億円程度の赤字となる試算を公表した。

出典:豊洲、年100億円の赤字=収支試算を公表―東京都 時事通信 2017/01/25

都の施設で毎年100億円の大赤字、となれば水質汚染以上に大騒ぎになりそうだが、これは一言で説明するなら「気にしなくていい」ということなる。

■100億円の赤字と100億円の支出は意味が異なる。

100億円の赤字と聞くと毎年100億円の現金が出ていくようなイメージを持つかもしれないが、全くそのような状況ではない。この赤字は減価償却費を含んだ赤字だという。

減価償却費とは、建物や車など長期間にわたって使用が出来るものを耐用年数に応じて費用計上することを指す。

例えば企業が400万円で購入した業務用の車があるとする。現金で支払えばお金が出ていくのは買った時点だ。しかし車は長期間にわたって使用が出来る。企業の会計ルールでは「費用と収益(売上)は対応させなければいけない」という大原則がある。この原則が無視されると、年度末の時点で「今年は利益がたくさん出ちゃいそうだから高い車を買って費用に計上して税金を減らしちゃおう」という事が可能になってしまう。

また、買った時点で全額費用を計上してしまうと、今年も来年も再来年も車を使って売り上げが発生しているのに、売上の発生と費用の発生が対応しない事になってしまう。

このような税逃れが出来ないように、そして正しい利益が計算できるように、購入した代金を耐用年数に応じて分割して費用計上する。自動車ならば4年と法律で決まっているので(同じ車でも種類により異なる場合もある)、400万円の車は4年にわたって100万円づつ計上する。

つまり、お金を払ったのは今年だが、費用としては100万円×4年間で計上される。お金の流れと利益の計算にはズレが生じる、ということだ。

■将来の判断に過去のコストは影響しない。

豊洲市場の建物や設備はすでに完成している。今後水質汚染等の対策のために追加支出はあるのかもしれないが、豊洲市場は使おうと使うまいと過去に払ったお金は戻って来ない。これはサンクコスト(埋没原価・まいぼつげんか)という。

当然、損益の計算をする際には減価償却の説明で書いた通り、耐用年数に応じて費用を計上する。しかしこれは「お金の出て行かない費用」であるため、今後赤字が膨らむという表現は正しいが、今後建物や設備が原因でお金がより沢山出ていく、という事はありえない。少なくとも今の時点で完成している建物の支払いは終わっているからだ(未払いであっても支払いを拒否することは当然出来ない)。

今後発生する現金支出は人件費や光熱費などの管理費だけということになる。つまり「今後豊洲市場を使う事が損か得か?」という判断に建物の減価償却を含む必要は無いという事になる。

このような考え方は企業会計における管理会計とか意思決定の分野であり、サンクコストは将来の意思決定に影響しない、という話は常識である。

サンクコストのよくある例え話として、つまらない本を買ってしまった際にもったいないからと最後まで読むことは合理的では無い、なぜなら本の代金は読んでも読まなくても戻って来ないのだから、つまらない本を読むために時間を投じると時間を無駄遣いする分だけ余計に損をする、といった説明になる。つまり過去に払った取り戻せない費用=サンクコストがもったいないからと将来の判断をゆがめると余計に損をする可能性がある、ということだ。

■100億円の赤字は正しいが無視して良い。

赤字に関する都の説明は以下のようになっている。

都は、「経常損益は赤字になるが、減価償却などを控除した収支は、ほぼ均衡する」としていて、現状では、豊洲市場の損益が赤字になった場合、都内11の卸売市場の収支を一元管理する、中央卸売市場会計から補てんするという。

出典:豊洲市場 年間100億円規模の赤字に 築地市場の約5倍 フジテレビ系(FNN) 1/25(水)

言い訳のようにしか読めないと思うが、これは都の説明が正しい。ここまで赤字が大きいという事はおそらく元々収支を黒字にするつもりは無く、収益を目的としない「公共施設」として作ったという事なのだろう。その判断が正しいかどうかは別にして(問題があるならその判断をした責任者を追及すれば良い)、今後はあくまで維持費と市場の利用者から受け取る利用料が均衡するか、という点で今後の豊洲市場の収支を判断すべきだろう。

現金の流れを見る「キャッシュフロー計算書」では損益に現金支出を伴わない減価償却費を足し戻す。この場合は都の説明が正しければ100億円の赤字が消える程度の減価償却費が発生しているようなので、「-100+100=0」という計算になる。

つまり既に説明した通り、今後の現金収支は維持費と利用料の差額で計算するという事になる。都は利益を計算する損益計算書だけでなく、キャッシュフロー計算書も合わせて公開すれば良い。

■実際の損失は4億円程度?

試算では、業者が支払う施設使用料などの年間収入は68億円、減価償却費や都職員の人件費、光熱水費などの支出は166億円。築地と比べて収入は18億円増にとどまる一方、支出が122億円増えることが影響した。

出典:豊洲、年100億円の赤字=収支試算を公表―東京都 時事通信 2017/01/25

時事通信の記事では上記のようにも報じられている。収入が18億円増えて支出は122億円増えるというが、減価償却費は上記の概算で使った100億円が正しければ、現金支出の増加は22億円となり、「18-22=-4」で、赤字は4億円程度となる。現金支出の総額が66億円ならば6%程度のコストカットで対応できる。かなり雑な計算をしているが、説明にウソが無ければ現金収支のマイナスやプラスが発生したとしても誤差の範囲という事になるのだろう。

もちろん、維持費と利用料については赤字(正確には営業キャッシュフローがマイナス)にならない方が良い。この部分で赤字になればいよいよ税金が出ていくからだ。ただ、利用料を値上げすれば魚の値段もあがる。結局は都民だけで赤字を負担するか、日本全国の魚を食べる人が負担をするか、という違いの話になるだろう。

今後100億円の大赤字という話は大きく報じられて政治問題化すると思われるが、経済学者や会計学者に上記のような説明をしてもらって、あくまでこれから出ていくお金の部分で判断をすべき、という正しい解説をしてもらうのが都と都知事の役目ということになる。

※無理矢理アクロバティックな対策を考えるのなら、豊洲市場を高値で売却して他のもっと土地の安い所に建設をして、減価償却費を含んだ損益で赤字を無くすという事は可能かもしれないが、海に面した都内の土地でそんな安くて広い土地は無い。千葉や神奈川が協力すれば別の話だが、さらに話がややこしくなる。水質汚染の判断は別にして、現状では100億円の赤字が出るから使うのは辞めよう、という話は完全に間違いであると指摘しておく。繰り返しになるが建物を使わなくても建設費は戻って来ないからだ。

※現金の動きと損益の計算は違う、という話は以下の記事を参考にされたい。

シャープの本当の問題は、結局どこにあったのか?

※追記

新聞報道等で報じられている通り、減価償却費は都の資料では71億円、結果的に現金収支でも27億円のマイナスとなっている。計算を間違えたか自分の目にした報道内容が間違っていたか、と思ったが豊洲単体では27億円のマイナス、そして他の市場での収支も合わせると全体ではトントン、つまり損失にはならない、という説明のようだ。

また、豊洲移転後には築地市場を4386億円で売却することを見込んでいるという。これだけを見れば今後の現金収支はプラス、豊洲市場にかかった5884億円を考慮してそこから売却額を差し引けば100億円の赤字には到底ならない。

結局100億円の赤字という話は、家の買い替えに例えると「新しい家の取得代金と光熱費だけを考慮して今まで住んでいた家の売却代金を無視して収支を計算している」ということになる。

中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー