キングコング・西野さんの絵本無料公開を批判するクリエイターは、今後確実に食えなくなる。

無料でビジネスは拡大するか……?(写真:MANTAN/アフロ)

先日、お笑い芸人のキングコング・西野亮廣(にしのあきひろ)さんが自身の絵本を無料公開したことが話題になった。

絵本「えんとつ町のプペル」は発売3カ月で25万部を超えるベストセラーになっている。そして現在、ウェブ上て無料公開され誰でも見られる状態だ。無料公開後はさらに話題をよび、アマゾンと楽天の総合ランキングで1位を獲得した。

西野さんは自身のブログで、小学生から2000円じゃ高くて買えないと言われたことを挙げ、『「お金が無い人には見せませーん」ってナンダ? 糞ダセー』とお金に振り回されている状況に疑問を感じて無料公開に踏み切ったと説明している(お金の奴隷解放宣言。キングコング西野 公式ブログ2017/1/19)。

西野さんが話題……というか批判を受けている理由は、無料公開によって他のクリエイターの収入が減る、他のクリエイターをお金の奴隷呼ばわりしている、綺麗ごとを言いながら話題作りをするお前の方がよっぽどお金の奴隷だ、など多岐にわたるようだ。

随分厳しい批判を受けているようだが、少なくともビジネスの観点からは全てトンチンカンとしか言いようが無い。分野は全く違えどウェブや雑誌、書籍で文章を書いて、ウェブメディアを運営している立場からみても西野さんへの批判はほとんどが間違いや勘違いにもとづいている。

ただ、これらの批判はトンチンカンではあってもコンテンツで収入を得ている自分から見て興味深くもある。西野さんの絵本無料公開をきっかけにコンテンツ(作品)で食っていくことについて言及してみたい。

※一部メディアでは案の定「炎上騒動」と伝えられているがSNSで批判が数百件書きこまれる程度は一部の声でしかない。これは以下の記事で書いた通りだ。

「除夜の鐘がクレームで中止」のニュースに反応しちゃう人たちのメディアリテラシーがヤバすぎて頭痛が痛い

松本人志さんへ 石原さとみさんの「干されたら看護師」発言は炎上していないのでご安心を。

■無料公開で相場は下がるか?

当初、無料公開されたことに特に強い反応を示したのが絵で食っている、あるいは絵で食って行こうと考えているセミプロやアマチュアの人達だったようだ。無料で絵本を公開なんてされたら自分のギャラまで下がってしまう、無料公開でお金の流れが減ればクリエイター全員が損をする、という指摘だ。

現在雑誌やCDが売れない理由にネット上の無料コンテンツが強く影響していることは間違いない。一見するとこれらの批判は正しそうに見えるが、現実にはミュージシャンの稼ぐ場所がCDからライブに移行していたり、無料で見せて広告で稼ぐ仕組みがある程度確立している。

西野さんが絵本を無料で公開したことは海にコップ一杯の水を投じた程度の影響しかない。文句を言いたいのなら無料でコンテンツを公開しているあらゆる企業や個人が対象になるだろう。

そして無料公開に対する一番の勘違いが「コンテンツを無料で公開すること」と「クリエイターが無報酬であること」はイコールではないことだ。広告モデルは無料公開で多数の読者に読んで貰ってより多くの広告収入を得る、という仕組みになっている。説明するまでも無くテレビは何十年も前から広告モデルで運営されて大成功を収めている。そしてテレビ番組は広告収入以外にも、DVDを売ったりイベントやグッズ販売等も組み合わせて複合的にビジネスを展開している。

インターネット上のコンテンツも無料で公開されているものの方が多い。フリーミアムという言葉が話題になったのはもう随分前だが、無料公開で顧客へのリーチを増やしてそこからビジネスを展開するフリーミアムは、ネットを活用したビジネスではもはや常識だ。

そして西野さんも無料公開はフリーミアムであるとブログで明言している。今回の無料公開は今後新作を無料で公開した場合のテストも兼ねているのだろう。

■無料で大儲けする方法。

絵本に近い所で言えば、人気漫画「ブラックジャックによろしく」は全巻が無料公開されている上に二次利用まで無料で許可をしている。

発売3カ月で無料公開は異例といった指摘もあるようだが、フリーミアムのビジネスモデルを解説した「フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略」という書籍は日本語版の発売と同時に限定1万人に無料でPDFが配布された。アメリカでも無料版と有料版が同時に展開され、無料で多くの読者を獲得した上でベストセラーとなりフリーミアムのビジネスモデルが有効であると証明された。

逆のパターンとして、ネットで無料公開されていた漫画や小説が書籍となり有料で売られる事例も珍しくない。漫画ならば「ぼく、オタリーマン」、ライトノベルならば「ソードアート・オンライン」などがあり、これは西野さんを批判している人の方がよっぽど詳しい分野だろう。

自分が記事を書いたりインタビューが掲載されることもあるビジネス誌でも各誌にオンライン版がある。いずれもフリーミアムや広告モデルだが各誌ともやりかたは様々だ。

月間2億PVを超え他の経済誌を圧倒する東洋経済オンラインはほぼ広告モデルだが、日経ビジネス・オンライン、プレジデント・オンライン、ダイヤモンド・オンラインは記事を読む際に無料の会員登録が必要な場合がある。PVはその分だけ確実に減ってしまうが、登録時に読者の年齢や職業、収入など様々な属性を入力させる事で、読者ごとに最適化した広告やメールマガジンの配信を可能にしている。

日経新聞のウェブ版も全文を読むには会員登録が必要だが、10本まで無料、それ以降は有料の会員登録が必要となる。メーター制課金といって無料と有料を一定の範囲で切り分けている。このように無料公開とかフリーミアムと言っても様々な手法がある。

なお、これらの話は2017年現在、少なくともネットビジネス最先端の話では無い。先ほど紹介した書籍が2009年の発売であることからも分かるように、ここに書いた程度の話はネットを利用したビジネスでは常識と言って良い。もしこれらの仕組みを知らずに無料公開でクリエイターが食えなくなる、と批判をしているのならそんな批判をしている人の方がよっぽど危ないという事になる。

■お金の奴隷宣言に関する誤読。

西野さんに対するもう一つの批判が無料公開を伝える際にブログの記事タイトルにも使った「お金の奴隷解放宣言(どれいかいほうせんげん)」という表現だ。自分は何の引っ掛かりも無く受け入れたが、この表現は特に過激な反応を生んでいるようだ。他のクリエイターをお金の奴隷呼ばわりするとは何様だ、あらゆるクリエイターに対する侮辱だと怒っている人もいるようだが、誤読としか言いようがない。

「お金の奴隷解放宣言」に関わる部分を何か所かブログから抜粋してみよう。

「お金を持っている人は見ることができて、

お金を持っていない人は見ることができない。

「なんで、人間が幸せになる為に発明した『お金』に、支配され、格差が生まれてんの?」

と思いました。

そして、『お金』にペースを握られていることが当たり前になっていることに猛烈な気持ち悪さを覚えました。

「お金が無い人には見せませーん」ってナンダ?

糞ダセー。

……いや、モノによっては、そういうモノがあってもいいのかもしれません(←ここ大事!ニュースになると切り取られる部分ね)。

しかし、はたして全てのモノが『お金』を介さないといけないのでしょうか?」

「僕の財産は、『えんとつ町のプペル』という《作品》だと思うのですが、個人の財産を個人が独り占めするのではなく、分配し、皆の財産にしようと思いました。

皆が豊かになった方が、巡り巡って自分も豊かになるだろう、と。

『ギブ&テイク』ではなく『ギブ&ギブ』。

自分のことだけを考えても、その方が良いだろうと結論しました。

お金の奴隷解放宣言です。

これから、無料化できるところから無料化していって、『お金』なんて、そもそも存在しなかった時代や、地域で、おこなわれていた『恩で回す』ということをやってみます。」

「もちろん、いきなり全部は無理だ。

「全部無償にしろ!」とも思わない。

お金を稼ぐことが悪いことだとは思わない。

『えんとつ町のプペル』だって、こういうことができるようになったから、やっただけ。

僕だって、お金を貰わないと回らない仕事をたくさん抱えている。」

「…てなワケで俺は無料にするけど、その代わり他のクリエイターに「西野はタダにしたんだからおまえもしろ」なんて絶対言っちゃダメよ。」

出典:お金の奴隷解放宣言。キングコング西野 公式ブログ2017/1/19

4か所引用させてもらったが、どう読んでも他のクリエイターをお金の奴隷だと罵倒しているような内容には読み取れない。「糞ダセー」や「お金の奴隷」という表現は意識しないままお金に縛られていた西野さんが自分自身に対して(あるいは自身を含んだ世の中全体に対して)放った言葉だろう。そうでなければ他のクリエイターに対してタダにしろなんて言わないように、という文章と全く整合性が取れない。

「俺って糞ダセー」とでも書けば誤読されなかったのかもしれないが、これは書き手の表現力の問題ではなく読み手の読解力の問題としか言いようがない。正直言ってこの読解力はヤバい。批判をしているのがクリエイターならばさらにヤバい。

■お金の奴隷から抜け出すにはお金を稼ぐしかない。

お金の奴隷解放なんてキレイごとにしてるだけで無料公開はただの話題作りじゃないか、という批判も明らかにトンチカンである事が分かる。

「お金の奴隷」を勝手に噛み砕いて説明すれば「お金に縛られて生きている状態」を指すと思われる。ではお金に縛られないためにはどうすれば良いか。答えは「お金をたくさん稼ぐ」だ。

市場経済を壊すことが出来ない以上、現実的に考えればより儲けることが奴隷解放への近道なのだから、話題作りとかキレイごとという批判は全く批判になっていない。

今回の無料公開がきっかけなのか、次回作で作品作りに協力してくれるスタッフへの給料を増やせるようにもなったと西野さんはブログで書いている。収入が増えればお金にならないことにも手間や時間をかける事ができる。つまり選択肢が増え、可能性が大きくなる。これはお金の奴隷から解放された状態と言えるだろう。

■西野さんは極めて常識的なビジネスマンである。

西野さんは今回の件でブログを読むまで、昔テレビで見た芸人さん、たまに炎上していると話題になっている人……くらいの認識しかなかったが、少なくともビジネス的には極めて常識的な判断をしている。それは以下の文面からも分かる(ついでに言うと表現方法も自分よりよっぽど柔らかい言葉を選んでいる)。

「市場が崩壊するー!ルールを壊すなー!」

とか言っている場合じゃなくて、その時に備えて、作品の強度を上げることに集中して、あと、本当にもう少しだけ、インターネット登場前後で、スマホ登場前後で、お金の価値や流れが若干変化したことを、問屋さんだけでなく、クリエイターさんも学ばれた方がいいと思います。

ここを学ぶことを放棄すると、クリエイターさんはどんどん苦しくなり、どんどん生活が困窮していきます。

出典:絵本とフリーミアムの相性 キングコング 西野 公式ブログ 2017/1/22

他のクリエイターをお金の奴隷と侮辱する人は間違ってもこんな事は書かないだろう。そして西野さんが指摘する通りクリエイターが食えるかどうかは、少なくともミクロの視点で考えれば自身の能力や売るための努力(あとは運や偶然)の問題でしかない

吉野家が一杯100円で牛丼を売れば松屋もすき家も影響を受けて不当廉売(ふとうれんばい・ダンピング)で違法となる可能性もあるが、西野さんが絵本を無料で配布しようと1冊100万円で売ろうと、他のクリエイターの売上には1円も影響せず違法行為にもならない。娯楽作品に優劣はあっても代替性はほとんどないからだ。

■クリエイターは価格を自分自身で決める。

タダで、あるいは安値で仕事をしろと言われれば誰でも腹が立つだろう。ギャラや給料は自身に対する評価でもあるからだ。自分も先日、大手経済誌から無報酬でインタビューを求められた際には問い合わせの連絡を無視した。間に入っている編集プロダクションが雑誌に無断で中抜きをしていたようで、なんでアンタの金儲けにタダで付き合わないといけないのか?と返事をしようと思ったが、さすがに面倒なのでやめておいた。

ただ、ブログは原稿料が出なくとも無料でも書く。場合によっては依頼された連載記事よりも力を込めて書くことも珍しくない。それが自分の評価につながり、ひいては自分の収入につながるからだ。

無料のインタビュー依頼に腹を立てて、一方でブログを無料でも書くその違いは、自分の意思で決めているかどうかだ。西野さんも「お前の絵本なんて1円の価値も無い、タダでよこせ」などと言われたら怒ると思うが、それと自身の意思で絵本を無料公開することは全く別の話だ。

誰かのせいで自分の報酬が下がる、という発想は下請け的な考え方に他ならない。クリエイターが下請けマインドでは成功はおぼつかないだろう。商品でも作品でも「価格」は最も重要な営業上の戦略であること、そして「価値」にまで影響を与えることは知っておくべきだ。

もし自分が「お前が無料でブログを書くと俺の収入が減る」と他のFP、あるいはライター等から文句を言われたら「お前の収入を決めてるのはお前自身だバカタレ」と反論するだろう。

■食っていけないクリエイターの条件。

西野さんを批判する人がビジネスの手法を理解した上で「それでも無料配布なんて好かん」というのであれば考え方は人それぞれという話でしかない。

ただ、無料配布=収入がゼロ、といった勘違いからスタートして、自身と何ら関係のない人の言動を叩くようではクリエイターとしてもビジネスマンとしてもアウトとしか言いようがない。つまり……

*新しい手法に対して柔軟性がない。

*コンテンツビジネスに関する理解・興味が薄い。

*日本語を読み取れていない。

……ということになり、これじゃあ確実に食っていけないですよ、と余計なアドバイスをしておきたい。

※無料公開されているウェブメディアを題材にしたビジネスモデルの解説は以下の記事を参考にされたい。

KDDIがナタリーを買った理由。

中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー