公開中止となった「ウナギ少女」の動画はなぜ炎上したのか?

水着の女性が問題だった……? 志布志市プレスリリースより。 

ある自治体が公開した動画が話題になっている。

鹿児島県の志布志市(しぶしし)が、ふるさと納税のPRを目的として作成した動画だ。内容は高校生くらいの若い水着の女性に突然「養って」とプールで話しかけられ、「その日から彼女との不思議な暮らしが始まった」という男性のナレーションからストーリーは進む。

1年間手間をかけて養い(?)、最後にサヨナラと言ってプールに飛び込んだ女性が実はウナギだった、というオチがついて終わる。志布志市はウナギの養殖で有名な地域だ。

2分間という短い動画ではあるが強烈な印象を残した一方で、これは女性差別ではないのか、まるで監禁事件を思わせる内容だ、という批判もあったようだ。志布志市は意図と異なる見方をされてしまった、不愉快に思った人がいたこと重く受け止める、と21日に公開した動画は26日には公開が中止され、現在は謝罪文が市のHPに掲載されている。。

SNSが発達した現在、発信した情報が問題となり炎上やトラブルを巻き起こす事は珍しくない。一方で明らかにトンチンカンな批判がなされる事も多い。今回の動画に寄せられた批判は妥当なものだったのだろうか。ウェブメディア編集長として、表現という視点から考えてみたい。

■動画の設定は「平凡」である。

今回の動画をあくまで作品として見た場合、賛否や可否は一旦別にして、美少女が男性と同居をする、一緒に生活をする、といった荒唐無稽な設定の作品はそれほど珍しくない。

自分が小学生だった頃に週刊少年ジャンプで連載されていた「電影少女(ビデオガール)」という人気マンガがある。主人公のモテない高校生が好きな女の子にフラれた帰り道、レンタルビデオ店でアイドルのイメージビデオを借りて家で見ると、ビデオの中から本物の女性が現れて一緒に生活をするようになる……といった設定だ。当時のジャンプは毎週600万部も刷られていた全盛期だったので、何となくでも覚えている人は多いだろう。少年誌や青年誌ではこういった設定の作品はいくつもある。

そんな作品は全部気持ち悪い!と女性には非難されそうだが、男女がひっくり返って美少年が女性と同居する作品もある。「君はペット」という少女マンガだ。キャリアウーマンの女性が仕事帰りに段ボールの中に捨てられていた美少年を発見して同居することになるという、なんとも不思議なストーリーだ。これは問題になるどころか小雪と松本潤の主演でテレビドラマ化され、一定の人気を得た(自分が知らないだけで美少年と女性が同居する作品は多分他にもあると思う)。

美少女や美少年に限らず、「非日常的な存在が日常生活に入り込む」といった水準まで設定を抽象化すると、誰もが知る国民的アニメの「ドラえもん」もコレに含まれる。忍者ハットリ君など藤子不二雄は同じタイプの作品も多い。ジブリ作品の「魔女の宅急便」も主人公である魔女のキキがパン屋に居候をする。同居相手が独身の男女か結婚している夫婦かの違いだけだ。作品の範囲を古典まで広げれば「鶴の恩返し」も似たような物語の構造を持つ。

■批判の多くはトンチカンである。

つまり、この動画の設定やシナリオ自体は特に珍しいものでも個性的でもなく、ごくごくありふれた内容、使い古された設定である。監禁を思わせる設定といった批判をする人は過去の作品を、あるいは物語の構造を全く知らないのだろう(そういった設定の作品を好まないというのであればそれ自体は別に構わないが)。

結局この動画がこれだけ話題になって公開停止にまで至った理由は、第一に地方自治体という公的機関の作品に水着の女性が登場するという、ちょっとしたミスマッチ・サプライズにある。性的な作品であると強く非難する人もいるようだが、水着の女性は「実はこの人はウナギでした」という最後のネタバラシのインパクトを大きくするための前フリに過ぎない。

コンビニに並ぶ雑誌やインターネット上で水着のグラビアがごく普通に見られる現在、この動画はそこまで批判される程の内容だろうか、と言わざるを得ない。

■なぜ動画は批判を受けたのか。

一方でこの動画には問題点も多数ある。2分間というごく短い時間とは言え、作品として水着の女性が出る必然性がストーリーの中で全くと言っていいほど描かれていない。先ほど挙げた作品はフィクションである以上、唐突であったり無理な部分もあるが、いずれも「非日常的な存在が日常生活に入り込む」際の必然性を描いている。

数十秒のテレビCMであっても、JR東海のクリスマスCMのように、ドラマチックで見る人をくぎ付けにする映像作品はある。短いことは言い訳にならない。

養殖のウナギはオスばかりだから女性に例えるのはおかしいといった批判もあり、これもほとんどこじつけにしか聞こえないが、「水着の男性」では無くあえて「水着の女性」にした必然性を描いていないから出てくる批判だろう。実はウナギでした、というネタバラシも女性である必然性とはならない。

また水着のグラビアは誰もが見られる状態であっても、あえて見ようと思わなければ避ける事はできるが、自治体の作品として公開した以上は「嫌なら見るな」は通用しない。誰が見ても不快感のない仕上がりにする必要があった。ドラマや映画で水着の女性が出てくる作品が全て不快だと批判されるわけではない以上、やはり問題は描き方ということになる

※水着の女性が登場すること自体を批判している人もいるようだが、テレビドラマや映画で海やプールのシーンでも水着が出てきたら、あるいは海辺やリゾートが売りの自治体が水着の女性を登場させても性的でケシカランと批判するのか。余りにトンチンカンと言わざるを得ない。

※※男性の美少女を養いたい願望が投影されていてまるでポルノ作品のようで気持ち悪いといった批判もあったようだが、普通の男性にそんな願望は無い。親族でも恋人でも友人でもない女性が自宅に居たら、普通は怖いか不快のどちらかだろう。

■なぜ公開停止をしたのか?

そして一番の問題は、苦情の電話がきただけで公開を停止してしまったことだ。作品を公開した以上、褒める人もいれば批判する人も必ずいる。これは当然のことだ。現在大ヒットしている「シン・ゴジラ」や「君の名は」といったような映画作品であっても批判はあるだろう。志布志市の担当者は苦情の電話が多数来たと取材に答えているようだが、シン・ゴジラの配給元に苦情の電話が来たからと公開を停止するだろうか? これは商業作品であろうと公的機関のPR動画であろうと全く関係が無い。

事前に多数の人間でチェックをして、誰かを傷つけてしまうような内容ではない、問題は無いと判断をして公開したのであれば、自信を持って公開を続ければいい。一部の人を不快にしたからと公開停止にしてしまうのは最悪の対応だろう。文句を言えば、圧力をかければ屈するという前例を作ってしまったからだ。

■批判された原因は作品として質の低さにある。

作品を公開した以上、個人でも会社でも自治体でも、作品に対して責任とプライドをもつべきだ。批判に耐えられないのなら初めから映像作品など作らなければいい。無難にウナギを焼いた美味しそう画像を張り付けておけば良かったということになる。

もう一つ付け加えると、この作品はウナギが名産品であると伝えることも目的だと思われるが、少なくとも食欲が増すような作りにはなっていない。うなぎを食べようと思える内容にもなっていない。この点は映像としてインパクトはあったとしても失敗ではないかと思う。

結局、この動画が問題となった理由は水着の女性が出ているかいないかといった点には無く、水着の女性をわざわざ出演させたことの必然性、自然な流れが描かれていないという部分で作品としての質が低かったからとしか言いようがない。圧倒的に質の高い内容であれば多少の批判・非難は跳ね返すことは出来たはずだ。

ここでいう質は必然性と面白さやインパクトだけではなく、自治体の作品であること、ウナギという食材を扱うこと、ふるさと納税のPRを目的に作られたこと、ネットで公開されて批判を受ける可能性があったことなど、全て考慮した上での意味だ。

出演している女性タレントも志布志市の自然を描いた映像も非常に綺麗で、あとほんの少しの配慮と作り込みがなされればこの動画は名作と言われる水準になっていた可能性もあったと思う。相当なコストがかかっているであろうことも考えると、何とももったいないとしか言いようがない。

SNSが発達した現在、誰もがモンスタークレーマーと対峙せざるを得ない。何か情報に接した際、不快に感じることも不快感を表明することも自由である以上、分野を問わず情報発信をする側は批判に耐える覚悟、そして責任とプライドが求められる。

もちろん批判は真摯に受け止めるべきだが、批判を受けたこと自体を問題視したのであれば、志布志市は批判を受けたらなんでも辞めるんですか?という話になってしまう。

今回の騒動は動画の内容や公開中止にばかり注目が集まっているが、ネット時代に情報発信をする事の意味を考えるきっかけにすべきだろう。

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