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ある中国人女性がしみじみ語る、日本アニメ映画『火垂るの墓』の思い出

中島恵ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

終戦から77年――。ロシアのウクライナ侵攻などもあり、改めて平和の尊さや、戦争の悲惨さについて、しみじみと考えているという人は多いだろう。私も毎年、この時期になると思い出すのが、以前、知り合った中国人女性が語ってくれた、日本のアニメ映画『火垂るの墓』の思い出だ。

ある中国人女性が語り出した話

10年前の2012年9月。領土問題や歴史認識問題を巡り、中国では各地で反日デモが繰り広げられているという微妙な時期だった。

私は取材のため、友人から紹介された20代の中国人女性と新宿のカフェで初めて出会った。その女性は日本の大学院で学んだあと、そのまま都内の企業に勤務していた。

最初は恥ずかしそうにしていて、「同僚以外の日本人と口をきくことはめったにない」「日本人の友だちはほとんどいない」と話していた。

だが、私がその女性の出身地(内陸部の中規模の都市)を知っていて、しかも行ったこともあるというと、急に表情が和らぎ、だんだんと心を開いて、いろいろな話をしてくれるようになった。

中でも覚えているのが日本のアニメ映画『火垂るの墓』を見て感動した、というエピソードだ。

『火垂るの墓』は終戦前後、ある兄と妹がたどった悲惨な末路を描いた作品。ちょうど日中関係の重い話をしていたときだったが、その女性は突然、映画の感想を話し出した。

日本人も戦争の犠牲者だったんだ

「私は来日後にこの映画を見て、とても驚いたんです。中国では、日本人は加害者で、中国人は被害者だ、ということをずっと教えられてきました。日本人は中国人に本当にひどいことをしたんだと……。

愛国主義教育の一環で、子どもの頃から戦争に関する博物館も見学してきました。展示品を見て、怖かった。私の肉親ではありませんが、本当に残虐なことをされたんだと思いました。友人の中には、日本への憎しみをあらわにする人もいました。

でも、あの映画を見て初めて『日本人も戦争の犠牲者だったんだ……』『日本人も、あんなに辛い目にあったんだ……』ということを痛感しました。それまで、そういう認識は一切持っていなかったし、考えてみたこともなかった。

だから、とても驚きました。戦争で攻められたという被害者の立場でしか、ものを考えられなかったから……。

先進国である日本には、親族がいたので、私も留学にやって来たのですが、正直、日本の街並みを見ていても、戦争の傷跡はあまり見えないようでした。でも、そうじゃないですよね。

日本人も戦争で傷つき、長い間、悲しみを抱えて生きてきた……。そのことがようやくわかりました。

あの映画は中国でもさまざまな感想があるようですが、中国でも有名で、多くの人が見ています。私自身は、素直に、すばらしい日本映画のひとつだと思うし、何度も繰り返し見ているんですよ」

女性はこのように語り、少し涙目になっていた。

この話を聞いてから10年の歳月が経った。現在は中国に戻り、現地の日系企業で働いている。今も『火垂るの墓』を見ているだろうか。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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