教育熱の賜物? ネイサン・チェン選手を大成させた中国的家庭環境

世界最高得点で優勝したアメリカのネイサン・チェン選手(写真:松尾/アフロスポーツ)

 圧倒的な強さだった。世界フィギュアスケート選手権大会の男子で優勝したネイサン・チェン選手だ。鬼気迫る演技の羽生結弦選手を超え、驚異的なスコアをたたき出した。チェン選手は10代の若さで世界フィギュア2連覇、グランプリファイナルも2連覇を達成した。

 チェン選手といえば、中国系アメリカ人だ。チェン(陳)という姓からもわかる通り、彼の両親は中国出身。チェン選手自身はアメリカ生まれ、アメリカ育ちだが、中国語名もあり、陳巍(チェン・ウェイ)という。

 同じく今回、第3位の銅メダルに輝いたヴィンセント・ゾウ選手も中国系で、ゾウは周という姓だ(日本ではゾウと表記されることが多いが、ジョウと発音するほうが中国語に近い)。中国語名は周知方。今回の世界フィギュアの入賞者6人のうち2人が中国系アメリカ人だった。

チェン選手は名門イエール大学の現役大学生

 フィギュアスケートといえば、アメリカでも花形で多くの人が憧れるスポーツ。そして、お金がかかるスポーツでもある。富裕層でなければ習えないスポーツともいわれるが、チェン選手の場合、アメリカ屈指の名門、イエール大学に在学中の大学生であることもよく知られている。

 イエール大学は2019年の世界大学ランキング(THE)で第8位。米アイビーリーグの一角を占め、世界中のエリートが集う名門校だ。学費は文系でも日本の一般的な私立大学の約5倍。レポートの提出数なども半端なく多いといわれ、学業とスポーツの両立は並大抵のことではない。チェン選手は統計学や会計学などを学びつつ、スケートの練習時間も捻出しているという、常人には成し得ないことを成し得ている稀有な存在でもある。

 しかし、そのチェン選手が大成した背景には、中国出身の両親による絶大なるサポートがある。

 チェン選手は5人姉兄の末っ子だ。幼い頃からバレエやピアノ、体操など数多くの習い事を経験しており、それらを行ううちに類まれなるスケートの能力が見出されたといわれている。

 そうした高度な教育を子どもに受けさせ、スポーツでもその才能を見出し、惜しみなく教育費を捻出してきた両親がいなければ、今のチェン選手の活躍はなかったといってもいいだろう。それほどまでに両親が果たした役割とその影響は大きい。

 米国のメディア情報などによると、チェン選手の父親は中国の南部、広西チワン族自治区の出身で、名前はジードン・チェン(陳志東)という。父親は1958年生まれなので、現在61歳になる。 

 苦労して20歳で広西医科大学に入学。その後、天安門事件の1年前の1988年にアメリカ留学の機会を得て渡米。南イリノイ州立大学で学んだ。当時の中国から海外に出国することは非常に難しく、父親は千載一遇の機会をものにしたと思われる。

 以後、41歳のときにユタ州立大学で博士号(薬学)を取得したという努力のかたまりのような人だ。その血を受け継いだチェン選手もユタ州ソルトレイクシティで1999年に誕生した。母親は北京出身で医療通訳をしているという。

海外に住む中国人はとくに子どもの教育に熱心

 私はこれまで中国国内と日本に住む中国人を数多く取材してきたが、中国人は世界のどこに住んでいても、ほぼ例外なく子どもの教育には非常に熱心だ。「科挙」のお国柄でもあり、子どもにはできるだけ高い教育を受けさせたいと願い、そのことに心血を注ぎ、徹底的に実践している親が多い。

 中国の厳しい大学受験競争は日本でも知られるようになったが、中国の都市部では幼稚園の入園から、あるいは生まれたときから大学受験の戦いの火ぶたは切って落とされているといっても過言ではない。

 北京や上海では小学生の塾や習い事代だけで日本円に換算して月に7~10万円もかけているという家庭が少なくないし、有名校に進学させるために、有名校がある学区に家族そろって転居したり、子どもの通学時間の負担を減らすため、大学受験が間近になると、高校の近所に子どものためにもう1軒マンションを借りて、母親がつきっきりで食事などのサポートをするケースも多い。

 塾もあるが、学校に夜遅くまで残って勉強することも普通。中国では小学生でも夜11時~12時まで宿題に取り組むことはざらだ。

 近年、経済的に余裕のある家庭では、小学生から子どもを欧米に留学させることも増えてきている。勉強だけでなく、バレエやピアノ、スポーツも習わせるのは、その子のどこに、どんな優れた才能が隠れているかわからないからということもあるが、それだけでなく、中国では芸術やスポーツで秀でていれば、それだけで名門校に入学できたり、高い収入を得られるかもしれないという目論見もある。芸術やスポーツなどは情操教育や趣味という範疇を超えて、将来の糧にも直結するものなのだ。

 また、収入だけでなく、高い教育を受けていれば、世界中どこに住んでも食いっぱぐれがない、つまり、学問は身を助けるものだ、と中国人は考えている。日本人にもそのような考えはあるが、日本人以上に教育に力を入れるのは、厳しい競争社会で生きてきた彼らのDNAに刷り込まれたリスクヘッジや信念のようなものなのだろう。

 そのため、国内に住む中国人はもちろん、日本に住む在日中国人も子どもの教育には非常に熱心だし、アメリカでも同様だ。海外に住んでいれば、必然的に「マイノリティ」(少数派)となるため、人一倍の努力をして、その国で自分が望むポジションを勝ち取る必要があるからだ。

 チェン選手の父親も、苦労して大学を卒業し、アメリカでグリーンカードを取得し、自らの努力によって、未知の国で社会的な地位を確立したひとり。移民である父親がそんな血のにじむような努力をしてきたからこそ、2世の子どもたちの教育にも熱心で、それがチェン選手の才能をここまで開花させる一因となったのではないだろうか。