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「谷開来」がいつの間にか「薄谷開来」になっていた(?) 中国人の姓について

中島恵ジャーナリスト

22日、中国の元重慶市党委書記、薄熙来被告に無期懲役の判決が下った。判決文の中には妻の谷開来受刑者の名前が何度も出てきたというが、その名前は「谷開来」ではなく、夫である薄被告の姓を「谷」という自分の姓の前につけた「薄谷開来」であったことは、日本ではあまり知られていないようだ。

昨年行われた谷開来の裁判の際にはすでに薄谷開来という、かつては使われていなかった「複合姓」が新華社の報道で使われるようになっていたが、なぜだろうか? 現地では、なぜわざわざ2つの姓を重ねる複合姓に変更したのかについて、さまざまな憶測が飛んでいるというが、確かな理由は現時点ではまだわかっていない。

そもそも、中国では1950年の婚姻法により、自己の姓を使用する権利が認められ、夫婦双方が自己の姓を用いることが一般的だ。(1980年の法改正により、子どもの姓は両親のいずれかの姓にすると定められたが、現状では圧倒的に夫の姓をつけることが多い)

つまり、夫婦別姓が当たり前というわけだ。私自身、中国で多くの女性と出会ってきたが、複合姓を名刺に印刷したり、実際に複合姓を名乗っている女性と出会った記憶は一度もない。複合姓(冠夫姓ともいう)は、中華民国の時代には使われていたこともあると聞くが、現代中国ではほぼ使われなくなったといっていいだろう。

香港では複合姓は珍しくない

複合姓がしばしば見られるのは、中国の古い風習が残る香港やシンガポールである。私は以前香港に住んでいたことがあるが、香港で結婚している女性の中には夫の姓を自分の姓の前につける例をときどき見かけた。

たとえば、黄麗賢という女性教授のオフィスをたずねると、オフィスの表札には李黄麗賢という4文字が並んでいる。黄教授が李さんと結婚し、仕事の場で複合姓を使っているからだ。すべての既婚者がこうしているわけではないので、どういう場合に複合姓にするのか、複合姓にする際の決まりはあるのか、についてはまだわからないのだが、おそらく、同じオフィスに黄さんが複数いてまぎらわしい場合や、あえて夫の姓を表に出したい理由があるとき(?)などに使用しているようだ。

このような場合、黄さんであっても「李太」(李さんの奥さん。太は太太(タイタイ)の略で、Mrs.を意味する)と呼ばれ、未婚者とは区別される。香港はイギリス植民地だった影響もあるのか、Ms.(小姐)とMrs.(太太)を明確に分けている。もっとも有名な香港の政府高官だったアンソン・チャンは陳方安生という中国語名だったが、自分の姓である「方」ではなく、夫の姓である「陳」を英語名として使っていた。シンガポールでも、香港とほぼ同様だと聞いた。かつて中華民国の指導者だった蒋介石の妻、宋美齢は、複合姓にはしなかったが、「蒋夫人」という呼び名で呼ばれていたという。

谷開来受刑者の名前が昨年から突如として中国で馴染みのない複合姓になったことは不可解だが、香港やシンガポールの例があるからか、「もしかしたら、谷はひそかに国籍を変更したのでは?」との憶測も飛び交っている。

ところで余談だが、中国には「複姓」と呼ばれる2文字以上の姓があるのをご存知だろうか。非常に珍しい姓なので、私も1つしかお目にかかったことがないが、「欧陽」や「司馬」、「諸葛」などが比較的有名な復姓である。「欧陽」は台湾出身の歌手、欧陽菲菲がいるので、その名前を知っている日本人も多いだろう。このような「複姓」の女性が複合姓にした場合、「李欧陽・・」などとなるのだろうか? 実際にそのような例があるのだろうか? と興味を惹かれてしまう。

たかが姓、されど姓―。世界に広がる中国人の姓や血縁に対するこだわりや思い入れは強く、同じ姓同士で集まる世界大会などもあると聞く。話が脱線したが、いつか「欧陽」さんと「司馬」さんが結婚して複合姓になった珍しい例などがあったら、ぜひとも調べてみたいものだ。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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