竹内アンナ~音楽に真っすぐな二十歳のSSW

大阪でのライヴの模様/事務所撮影・提供

竹内アンナ。京都在住、二十歳のシンガーソングライター(SSW)である。

今年8月に、メジャーデビューとなる4曲入りのCD「at ONE」をリリースした。いつものように、レコード会社の宣伝担当から、発売よりかなり前にプロモーション用の音源を受け取り、再生した。個人的にとても好きなメロディー、そして歌声だった。「弾き語り~ギターがすごいんです」と聞き、実際に演奏するところを観たい、聴きたいと思っていたところ、自分の番組へのゲスト出演の話が決まり、生演奏を依頼したら快諾してもらった。目の前での弾き語り、そのナチュラルな歌声と、二十歳の女の子~デビューしたてとは思えないギターテクニックにとても感動した。

彼女のことをもっと詳しく知りたいと思い、事務所にお願いして、アンケートっぽいものを送った。出来れば回答は音声で送ってほしい、とリクエストした。すぐにデータが送られてきた。

アンケートに答える竹内アンナ/事務所撮影・提供
アンケートに答える竹内アンナ/事務所撮影・提供

先に、公式プロフィールにある文章から少し抜粋すると、1998年4月25日、アメリカはロサンゼルス生まれ、京都在住。幼少より親の影響で70年代や80年代の音楽に触れ、中学1年生でギターを弾き始める。2017年6月、1万組近くの応募があったソニー・ミュージックアーティスツとテイチクエンタテインメントらが主催したオーディションのグランプリを獲得。アコースティック・ギターにスラッピングとループを取り入れるプレイスタイルと、透明感のある歌声が各所で話題になり、2018年3月アメリカ・テキサス州オースティンで行われた大型フェス「SXSW (サウスバイサウスウエスト)2018」に出演。同時に全米7都市でライヴ・ツアーを行った。

短くまとめると、前述のようになるのだが、この、あたかも“シンデレラ・ストーリー”のような話を、もう少し掘りたかった。音声で送られてきたアンケートの回答、質問は多岐に渡っていたが、とにかく音楽にまつわる話の時は、とてもキラキラしたトーンで話してくれた。

子供の頃からいつも周りには音楽が溢れていた。特に、母親が運転する車の中では、年代・ジャンル問わず、様々な音楽が流れていたそうだ。その中でも、小学生のアンナの一番のお気に入りは、Earth, Wind & Fireの「September」だった。好き過ぎて、どんな感情~怒っていても、悲しくても、この曲を聴けば、ハッピーな気分になれたそうだ。数年前、来日公演で初めて生で聴いた時は、感動して涙が止まらなかった、と。洋楽を中心に家にあるCDをたくさん聴いていた彼女は、母親のCD棚から、The Beatlesの「赤盤」「青盤」のCDを見つけ、そこからビートルズにハマり、聴きまくった。なかでも、「Get Back」が大好きだった。そこがどこかは分からないけど、曲から景色が浮かんできて、ずっと心に残った、と言う。ビートルズがきっかけで、特にギターに興味を持ち始めた。小学6年生の時、動画サイトで、偶然、BUMP OF CHICKENを目にする。曲は「カルマ」だったそうだ。その衝撃に鳥肌が立った。これだ!と思った、と。それまで、洋楽ばかりの環境で、自然と、私は洋楽しか聴かない、みたいな、ちょっとませた子供だったと思う、と、笑って言った。バンプがきっかけで、もっといろんな音楽を聴こう、そして、自分もギターを弾きたい、と思い始めた。

アンケートに答える竹内アンナ/事務所撮影・提供
アンケートに答える竹内アンナ/事務所撮影・提供

中学1年生、ギターを始めた頃は、それこそ、ギタリストになりたかったそうだ。自分の中で、歌うという発想はなかった、と。中3の時、知人からなにげなく、歌ってみたら?、と言われ、その流れで、たまたまライブハウスに出演することになった。ただ、歌うにも、曲がない。じゃあ、作ろう、と。ずっと書いてきた日記を元に、作詞して、それに曲をつけてみる。そして、その曲を、ライブハウスで披露した。自分が表現したかったことを、まっすぐに、人に聴いてもらう。この体験が、とても気持ちよかった。私はプロのSSWになりたい、そう思った瞬間だった。高校からは、曲を作り、練習して、精力的にストリートライブやライブハウス出演をしていた、という。先日行われた、大阪でのワンマンライブのMCで、高校3年間は音楽にすべてを費やした、という言葉が自分に強く残っていて、それを別の質問として彼女にぶつけた。どんな3年間でしたか?と。音声での回答は、声のトーンが少し下がった気がした。暗くなった、というわけではなく、本当に音楽と向き合った、つらいこともたくさんあったんだろう、という印象だった。彼女はとても真面目でピュアだ。さらに16才~18才は、人生を一番はしゃぐ(自分の経験として)一番楽しい時、という人も多いだろう。高校進学の時から、彼女は音楽を中心にして生きることに、いろんな選択もあったようだ。多くは語らなかったが、あきらめたこと、もあったそうだ。もちろん、高校生らしい、例えば友達と遊んだり、という時間もあったが、その時も、この時間にギターの練習が出来たのではないか、と思ったりしていた、と。でも、ある時、こんなことではダメだ、と気付いた。友達との時間、学校の勉強、いろんなことから違う刺激を得る。学校の先生も、友達も、自分の音楽活動を素直に応援してくれている。前のめりで、少し空回りだった自分を見つけ直した、と。しかし、この違う刺激から生まれるものを、彼女が何に変換するかといえば、それは音楽、である。とことん音楽が好きで、とことんピュアだ。

アーティスト写真/事務所提供
アーティスト写真/事務所提供

そんな高校生の頃、John Mayerと出会う。初めて観たのは、今の彼女と同じくらい、ジョンが二十歳くらいの頃のライブ映像だった。とにかく感動したそうだ。それまで、フワフワと、漠然としていた、自分のSSW像がハッキリした、と。自分はジョンのようになりたい。ギターの上手さ、彼にしか弾けない、歌えない曲、たった一人の存在。明確な目標が出来た。ジョンのカバーももちろんやったが、それだけでは近づけない。彼女は考えた。ジョンが憧れた人~ミュージシャンのカバーをやってみよう、と。例えば、Stevie Ray Vaughan(スティーヴィー・レイ・ヴォーン)。アメリカのブルース・ギタリストだ。メチャクチャ難しかった。10秒のフレーズに、3ヶ月費やした。でも、そのおかげで、聴く音楽の幅も広がったし、ギターの弾き方・アプローチも広がった。ブルース、ジャズ、小さい頃から親しんできたブラックミュージックもカバーしてみた。使ったことのなかったコードもたくさん覚えた。いろんなところからインプットして、自分なりにアウトプットする。今もずっとやっていることだ。

高校時代からたくさんのオーディションを受けては落ちて、の繰り返し。そして、昨年~大学1年生の時に受けたオーディションで、グランプリを獲得できた。プロフィールにある、今年3月のSXSWへの出演、その後のUSツアー、特に感慨深かったのは、生まれたロサンゼルスに、十数年ぶりに帰って、それがミュージシャンとして帰ることが出来て、レコーディングも出来たことだった、と。ちなみにツアーは、5組のアーティストと回って、バンド、ヒップホップダンスグループ、ラッパーなどジャンルは様々で、でもそれが楽しかったし、すごく刺激になった、と明るく思い出を語ってくれた。

アンケートに答える竹内アンナ/事務所撮影・提供
アンケートに答える竹内アンナ/事務所撮影・提供

大学生になって、より一層、音楽をしていない時間を大切にするようになったそうだ。ひとつ、サークルに入ればよかった、と後悔していた。たくさんの学生がいる大学、なんとなくすぐ友達も出来るだろう、と思っていたけど、なかなか増えない、と。もちろん、多くはなくても、親しくなった友達と、食堂でご飯を食べる時間は楽しい、と、普通のキャンパスライフも語ってくれた。うどんは200円の安さで、とても美味しい、とか。進学せずに、音楽だけの道へ、と迷った時期もあった、と。ただ、やっぱり大学進学を選んでよかった。全く別の道、別のフィールドで、すごく頑張っている人、同い年、近い年頃の彼らにはやはり刺激を受ける。しっかり単位を取って、4年で卒業します!と、宣言してくれた。

最後に、夢、を聞いた。夢、はフワフワしているので、目標でいいですか?と。メジャーデビューをして、CDをリリースして、ライブハウスで歌ってただけの頃と違うのは、自分の全然知らないところで、CDを聴いてくれたり、ラジオやインターネットなどで、自分のことを知ってくれる人がいる、ということ。とても嬉しい、と。もっともっとたくさんの人に知ってもらいたい。そして、SSWとして、自分の中心である、ギターの弾き語りのシンプルな素晴らしさ、一方で、ギターの弾き語りなんだけど、こんなことも出来るんだ、という、みんなが驚くようなアプローチ~新たなことにもどんどん挑戦していきたい、と、キラキラした声で、話してくれた。

自分の二十歳の頃を振り返ると、それこそずっとフワフワしていた。可愛い笑顔の奥の、彼女の芯の強さと、培われたセンス、そして裏切らない努力で、本人が思っている以上のスピードで、どんどん目標に近づいていくだろう。

竹内アンナ オフィシャルサイト

http://takeuchianna.com/

(敬称略)

(協力:キョードー大阪/テイチクエンタテインメント/ソニー・ミュージックアーティスツ)