大好きなラジオの進化~radiko・シェアラジオ機能/タイムフリー聴取機能

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2016年も終えようとしている。今年も大阪のラジオDJとして、月曜日から木曜日の、夕方の帯番組を1年間務めることが出来た。個人的にはDJとしてのキャリアも25年になり、今も変わらずラジオに携わり、リスナーに発信し続けられていることに喜びを感じ、その環境に感謝している。

そもそものラジオとの出会いは、中学1年生の時、父親に「英語の授業用に配られたリスニングの勉強用カセットテープを聴きたい」と伝え、買ってもらったラジカセだった。我が家は両親とも音楽などにあまり興味がなく(若い頃は分からないし、仕事や子育て~自分の~でそれどころではなかったのかもしれないが)テレビ以外の、メディアに対応する機器は存在しなかった。自分もそれに対して不満もなく、テレビを観られていればそれでよかった。ラジオが好きになったきっかけは、今思うとまさに笑い話のようだ。ラジオという存在は、車の中で父がたまにスイッチを入れて流れていたので知ってはいたが、それこそ何かしらの音が出ている、くらいの感覚で、買ってもらった、スピーカーがひとつしかないモノラルのラジカセの“ラジ(ラジオ)”の部分には興味もなかった。ある日、いつものように英語のカセットテープを聞こうとした時、間違えてラジオのスイッチを入れてしまった。急に流れてきた声。ビックリした。ボリュームを下げて、少し聴いてみた。たぶん、地元熊本のローカルタレントの方が担当する番組で、内容は覚えてないが、すごく面白く感じた。夜になると、割と真面目に自分の部屋へ行き、勉強をする、という日々で、別に勉強したい、と思ってたわけではもちろんなく、リビングでダラダラしていて父から怒られるのが嫌で、しかたなく自分の部屋へ行き、漫画など読んでて急に入って来られても、という恐怖から、一応勉強机に向かい、教科書を開いてボーッとする日々だった。そこで出会ったラジオ。まさに、魔法の箱、だった。自分だけが聴こえる音量で、面白い話に笑いを堪え、初めて聴く曲に感動した。誰かの足音がすると急いでスイッチを切る。また入れる。予備校に通い、大学生になるまでの7年間、自分の楽しみはラジオだった。最初は、イヤな勉強時間の癒し、だったが、いつしか能動的に、ラジオを聴くことが趣味になっていた。

ラジオライフが始まり少しして、自分のラジカセで、ラジオ番組をカセットテープに録音出来ることを知った。その頃には、寝たフリをして、深夜2時~3時くらいまでラジオに没頭する日々だった。深夜の大好きな番組を聴きたいけど、眠い。好きなDJの番組は何度でも聴きたい。安くて、一番長い時間録音出来るカセットテープを小遣いで買い、もちろん自分のラジカセにはタイマー録音機能など付いてないので、とにかく頑張って番組スタートの時間までは起きていて、スタートと同時に録音ボタンを押し、寝る。明日起きたら聴けるんだ、とワクワクしながら布団に入る。週1回の大好きな番組は、次の週の放送まで毎日、録音したテープを聴いて待っていた。いつしか、この魔法の箱の中に入って、自分もしゃべる側に行けたら、どんなに楽しいだろう、と思うようになった。最初の大学受験~進路はその方向ではなかったが、紆余曲折あり(長くなるので割愛するが)今、自分は魔法の箱の中にいる。学生の頃に思っていた、魔法の箱の中にいる喜びは、仕事となった今でも、まったく変わらない。10代の初期衝動でアラフィフの今も動けている、というは、単純な人間だな、と感じつつも、幸せなことこの上ない。

自分がラジオDJになった1990年代の始めから、現在、ラジオ媒体の状況は大きく変化した。難しいことはともかく、メディアの多様化により、前述の、自分とラジオとの出会い、みたいな体験はものすごく減っていると思う。インターネットの出現はなにより大きいわけで、自分はラジオ番組を作る側にいて、このインターネットという存在が、最初本当にイヤだった。リスナーからのメッセージがハガキやFAXだった頃からいつの間にかメールに変わった。手書きから活字に変わり、とてもクールに感じた。SNSが流行し、リスナーからのレスポンスが早くなったのは面白かったが、「ゲストは何時に登場ですか?」「プレゼント応募のキーワードをもう一度言ってください!」など、双方向が同時進行になるにつれて、いやいや、番組を聴いていたら分かるから、とにかく番組を聴いてください、と強く思うようになった。しかしながら、送り手からしても、次回の番組のお知らせをホームページに記し、放送で伝えきれなかった情報を補足し、スタジオの様子やゲストの写真を目で見てもらえるようになり、もはやインターネットのない番組も考えられなくなっている。SNSの利便性を使ったコーナーなども展開している。なにより自分も、ペンを持って文字を書く機会が極端に少なくなった今、リスナーに「ハガキで」とは言えない。レスポンスの早さで、番組内容がさらに面白くなった部分もたくさんある。ある時から、インターネットとの共存が、新しいラジオの形である、と思えるようになった。

そして、radiko(ラジコ)が登場した。インターネットで、既存の地上波ラジオ局の番組を聴くことが出来る。ほぼすべてのメディアへの対応が、PCやスマートフォンで出来るようになった今、“ラジオを買おう”という選択肢がなければ、ラジオを聴くことは出来なかった。大きな建物などが増え、受信環境も悪化しているので、普通のラジオでは聴きにくいこともあるし、前述のメディア多様化により、特に若者がラジオ自体を知らない、聴かない、という状況の中、スマホアプリをダウンロードするだけでラジオが聴けるというこの画期的な発明は、新たな活路を見出だした、と思う。たくさんあるラジオ局の意識の統一や、権利関係の問題を考えると、このradikoを立ち上げた方々の尽力は計り知れないし、中にいる人間として、本当に感謝している。実際、radikoが生まれたことで、ラジオを聴くようになった、という若者の声や、昔好きだったラジオを改めて聴いている、という話もよく耳にするようになり、すごく嬉しい。

今年の10月、あらたにシェアラジオ機能/タイムフリー聴取機能が追加された。番組の、自分が好きだと思う部分をSNSによって簡単に共有できる機能がシェアラジオ、放送後1週間いつでも聴取可能な機能がタイムフリーである。自分が放課後、仲のいい友達に「○○のラジオ、絶対面白いから!」と数人に口コミしていたことが、今や瞬時に、何万人に伝えることが出来るわけである。そして、番組が始まるまで、録音するために、眠い目をこすりながら待っていたアレが、今やボタンひとつで瞬時に聴けるわけである。ラジオDJであり、ラジオファンの自分にとって、こんなに素晴らしいことはない。

録音してまで聴きたい、と思ったのは、番組が面白かったからだ。友達に教えてまでそれを共有したかったのは、番組がすごかったからだ。ラジオを取り巻く機能の進化は、コンテンツの充実なしにはあり得ない。ラジオを聴く環境は変われど、一番大事なのは、そのラジオ番組が面白いかどうか、だ。それだけはこれからも絶対に変わらない。来年も、さらに、リスナーに楽しんでもらえる番組作りに邁進したい。

今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

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