史上最低で、最高のロックフェス~映画「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD 1987」

とにかくビックリした。もちろん、多少の記録映像/音声は残っていただろう、と思ったが、26年の時を経て、映画という形で、自分の目の前に現れるとは思ってもみなかった。このコラムを今年から書かせてもらうようになり、5月に書いた2本目の原稿、フジロックに関する文章でなにげなく触れていた奇跡にも驚いた。

BEATCHILD

1987年8月22日(土)23日(日)、土曜日の夕方から日曜日の朝にかけてオールナイトで行われたロックフェスティバル、「BEATCHILD」(ビートチャイルド)。地元熊本で、大学受験に失敗し、予備校に通っていた自分に、高校からの、同じく浪人中の親友が、阿蘇にすごい野外コンサート会場が出来るらしい、そこですごいアーティストが集まって夜通しライヴをやるらしい、と言う。毎日ヘラヘラしつつも、やはり不安とストレスを抱えながらの日々だったわけで、親友からの“行こう!”という言葉にすぐ乗っかった。両親の許しを請い、チケット代と往復の直行バス分のお金をもらい、その親友と二人で行くことにした。

自分は、中学までは邦楽しか知らなかったが、高校生になり、まわりの友達の影響で、3年間洋楽ばかり聴いていた。なので、当時の邦楽~日本のロックシーンにすごく明るいわけではなかった。そんな中、ラインナップを見て、まず、ザ・ブルーハーツが目に止まった。当時聴いていた大好きなラジオ番組のDJがとにかく新人の彼らを推してて、そのヒリヒリしたロックにときめいていた。尾崎豊を観れる。渡辺美里も来る。HOUND DOG、そして佐野元春。他のアーティストをよく知らなくても、これだけのアーティストを知っているだけで、そして、そんなアーティストが、自分の地元熊本の、しかも阿蘇の山奥に、いっぺんに来る、と想像しただけで鳥肌が立った。

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今回、この原稿を書くにあたって、配給元のライブ・ビューイング・ジャパンの方に連絡を取らせて頂き、公開にあたっての話を聞かせて頂いたり、いくつかの資料、写真を頂いた。試写も用意しているので、観てから書きますか、という提案も頂いたが、とりあえず記憶を辿って書かせてください、と言った。なので、今回は断片的な記憶を頼りに、思い出メインで書こうと思う。そして、近々試写を観たら、追記としてまたここに書きたいと思う。

記憶を頼りに

熊本市内で直行バスに乗り、1時間~1時間半くらいで会場に着いたと思う。親友と二人、Tシャツにジーパン、スニーカーに、数千円の小遣いが入った財布だけを持って。もちろん、雨具なんてない。会場~熊本県野外劇場「アスペクタ」に着いて、まずその広さに驚いた。大きなステージとだだっ広い草原。その光景だけでテンションが上がった。多少曇ってたような気がするが、天気なんて気にもならなかった。チケットの番号順だったか、ステージから客席(もちろんイスも何もないが)最後尾まで、を考えると、ちょうど真ん中くらいで観ていた、と思う。

新人のザ・ブルーハーツがステージに登場。高く飛び跳ねながら歌うヒロトの姿がかっこよかった。まず、大前提として、コンサートなんて行ったことなかった自分が、初めて目の当たりにした生のROCKだったと思う。もう、この時点で小雨が降り始めていた。ザ・ブルーハーツが終わる頃、なにげなく会場を見渡すと、今まで見たことない人の数。資料によると3万人の集客を予定していたそうだが、結果7万2千人の観客が集まったそうだ。

断続的に降り続く雨、今のような野外フェス文化もなく、客のほとんどが自分たちのような軽装で来ていたと思う。真夏とはいえ、標高の高い阿蘇は、夜が近づくにつれ、気温が下がる。そして、雨。体温を奪い、体が震えてくる。それでも自分たちは、ステージで繰り広げられる人気アーティストのライヴに、興奮の方が勝っていた。RED WARRIORSの「バラとワイン」にシビれ、岡村靖幸のパフォーマンスには衝撃を受けた(帰ってすぐCDを買いに行った)。

若くて、興奮してた自分たちは、まだ雨には耐えられたが、とにかく怖かったのが雷だった。ものすごい稲光と爆発したかのような落雷の音。雨ももちろんだが、あの雷でライヴを続行したなんて、今では絶対に考えられない。こんなだだっ広いところに雷が落ちたら、自分たちはどうなるんだろう。想像もつかなかった。結局、落ちなかったが。

やまない雨、鳴り続く雷。HOUND DOGの大友康平さんが、ステージに立った。震える観客に向かって「大丈夫かーっ?!」さすがに、寒さと眠さと過酷さ、なんでこんなところに来たんだろう、と、若干の後悔が生まれ始めてた時の大友さんの声。せっかく来たんだ。こんなすごいアーティストをいっぺんに観れることなんて二度とないかもしれない。この状況に耐えられたら、受験勉強なんて楽勝だ、と、いろんなことを思いながらまた目をこすった。

尾崎豊が登場したのは、もう深夜2時とか3時だったと思う。おーっ、尾崎だ!もう豪雨と呼べる雨の中、ヒット曲を次々と歌う。彼は雨さえも楽しみ、ステージに出来た水たまり(!)に滑り込んだりしていた。そのすごさと、ある意味滑稽な光景と、自分たちの極限の状態に、もう親友と笑っていた。

目の前で、ジーッと立っていた女性が、フワッと倒れる。周りの人が、人ごみから担ぎ出し、救護室(?)へスタッフと運ぶ。後で聞いた話だが、たいした救護設備もなく、次々に倒れる客を、一番広いアーティストの控え室で休ませていたそうだ。近くの人がヘナヘナとへたり込むと、「大丈夫ですか?」「ありがとう」と声を掛け合う。自分たちもいっぱいいっぱいなので、それが精一杯だ。

あたりが白んできて、まもなく夜が明ける、って時に、雨が止んだ。そして、ステージに佐野元春 with THE HEARTLANDが登場した。極限状態の中、一緒に夜明けを迎えた会場の人たちは、不思議な一体感で包まれていた。そこで歌われた「SOMEDAY」。イントロからものすごい拍手と歓声。自然と流れる涙。その瞬間に、すでにもう自分たちの中で伝説になっていた。佐野さんに後光が射していたような光景がずっと記憶の中にある。それは、映画で確かめたい。

10月26日公開

会場で何か飲んだり食べたりした?傘くらい持っていってた?他にもいろんなアーティストの、いろんな曲で、感動したよな?どうやって帰った?さすがに26年前の記憶は曖昧だ。そして、もう、曖昧なまま、どんどん薄れていくものだ、と思っていた。

紆余曲折あって、この業界に入ったわけだが、この、史上最低で、最高のロックフェスは、あきらかに自分にとって、初期衝動だ。あの場にいた人間が、今この業界にいる責任としても、しっかり映画を観て、記憶を繋ぎ合わせ、またここで報告したい。

まもなく、19歳の自分に、初めてタイムスリップを体験する。

BEATCHILD(ビートチャイルド)映画公式サイト「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD 1987」

(敬称略)

(ロゴ・写真提供/ライブ・ビューイング・ジャパン)