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岸田政権の『資産所得倍増プラン』は、もっとも重要な視点が欠けている

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
世界の金融市場で最も影響力があるパウエルFRB議長。FRBに逆らうな、は格言だ。(写真:ロイター/アフロ)

若い世代で投資を始める人が増えているわけ

ここ数年、20~30代の若い世代を中心に、投資を学ぶ人々が増えてきていると実感しております。私が講師を務めている日本最大の投資スクール「ファイナンシャルアカデミー」でも、若い世代の受講生が男女問わず大幅に増えているからです。

その起爆剤となっているのが、「老後資金2000万円問題」です。この問題は、金融庁が2019年の報告書において、「夫が65歳以上・妻が60歳以上の夫婦は、年金収入だけでは生活費が月約5万5000円不足し、30年で約2000万円の老後資金が必要だ」と公表したことに端を発しています。

金融庁による報告書の狙いは、老後も安心して暮らすには年金だけに頼らず、長期にわたって資産を運用するのが欠かせないと、国民に広く知らしめることでした。しかしながら、年金不信が高まると危惧した麻生太郎金融相(当時)は、「正式な報告書として受け取らない」と金融庁に報告書を撤回させたのです。

それでも、若い世代の将来への危機意識を高めるには、十分な内容の報告書になったといえます。その証左として、2020年3月の「コロナ・ショック」といわれた株価暴落時には、証券会社の新規口座開設者数が20~30代を中心に大幅に増加し、その後も増加の一途を辿っているからです。

たとえば、ネット専業の楽天証券の総合口座数は2018年12月時点で300万程度だったのですが、2020年3月に400万、同年12月に500万、2021年12月に700万、2022年6月に800万を超えました。この推移が示すのは、ネットに強い若い人々のあいだで「貯蓄から投資へ」の流れが急激に広がっているということです。

日本の金融教育にもっとも欠けている視点とは

少子高齢化が進む社会では、政府がひとりひとりの老後資産形成を下支えする必要があります。その流れのなかで、岸田政権は『資産所得倍増プラン』を掲げ、金融庁はこのプランを実現させるために、少額投資非課税制度(NISA)の拡充を進めるとともに、国家戦略として金融教育の普及を目指しています。

しかし、このプランにはもっとも大事な視点が欠けています。日本ではるかに足りないのは、ITやAI関連のスキルを持った人材だけではないからです。本当の意味で、金融関連のスキルを持った人材(=金融教育を担う人材)がはるかに足りていないのです。

正直なところ、金融知識に関する資格を取るために学ぶ内容では、金融や投資の世界で通用しないことが多いと確信しています。これは私の実体験ですが、ある国家資格を取るために学んだ金融知識は、実際の金融や投資の業務では役に立たないものばかりだったからです。

今年に入って地方の金融機関で問題となっているのは、「投資関連でプロと呼べる人材がいない」ということです。外国債券の含み損に苦しむ金融機関が少なくなく、なかには、巨額の含み損から公的資金注入の申請を検討するところも出てきているほどなのです。金融庁は金融教育の大部分を金融機関に担わせようとしていますが、果たしてそれで良いのでしょうか。

私が現段階でいえるのは、金融教育のなかでも特に投資の分野では、実際に投資の経験が豊富であり、かつ、金融情勢を分析できる人材を数多く育成しなければならないということです。そういった人材を次々と教育の現場に送り出さなければ、国民全体の金融リテラシーや投資スキルを底上げするなど到底できないからです。人材育成が急務なのです。

投資の初心者に伝えたい、重要なのは先見性と柔軟性を鍛えること

私はファイナンシャルアカデミーで「金融市場の分析」や「企業の分析」の初心者向け講義を担当していますが、最初に必ず受講生に対して申し上げるのは「投資の世界は決して甘いものではない」ということです。プロもアマも、玄人も素人も、同じ土俵で戦わなければならない厳しい世界だという現実があるからです。

そのうえで、それらの講義で昨年後半から繰り返し申し上げてきたことは、「来年(=今年)はFRBが金融引き締めに転換するため、世界の株価は大幅に下落する可能性が高い」「たとえ優良株であっても、金利高に弱いグロース株は避けてほしい」「日本市場ではマザーズ株に手出ししてはいけない」といった考え方でした。

日本株にしても米国株にしても外国債券にしても、表面的な知識だけで対峙しようとすれば、海外投資家に資産が収奪されて終わる可能性が高まってしまいます。それを避けたいのであれば、「ドルコスト平均法」で積み立て投資だけをしたほうが賢明です。たとえば、日本の株式市場では海外投資家の売買高が7割を占め、彼らによって株価が動かされているといっても過言ではないからです。

日本の金融業界では株式市場が活性化するという理由から『資産所得倍増プラン』を大歓迎する向きが多いのですが、日本の成長戦略として「世界の経済情勢や金融政策の先を読みながら、柔軟に市場に対応するスキルを身に付ける人材を育成する」という視点は、決して忘れてほしくないところです。

実は、金融や投資に関するスキルは、起業して成功するためにも、会社を経営するためにも、現代のグローバル経済下では必要不可欠な要素です。先見性を鍛えるトレーニングになるのに加えて、情勢に応じて柔軟に対応できる能力が磨かれるからです。

そういった意味では、日本の金融教育が「考えること」を第一の目的として発展することができれば、優秀な起業家が大幅に増えて、日本経済の地力が高まるのではないかと考えている次第です。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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