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政治のデジタル化で国会議員は大幅に削減できる

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

日本で生産性が最も低いのは「永田町」だ

 菅首相は日本の低生産性の原因を中小企業にあるとして、中小企業の淘汰・再編を試みようとしています。しかし私は、日本の生産性の最も低いのは「永田町」というムラ、すなわち、「国政」の分野にあると考えています。

 政治の生産性が著しく低い原因は、主に二つあります。ひとつめは「政治活動に無駄が多く、議員が自己研鑽する時間が少ない」ということ、ふたつめは「非効率な政策がまかり通り、税金の無駄遣いが多い」ということです。

国会議員にその資質がない最大の理由とは

 ひとつめの「政治活動に無駄が多く、議員が自己研鑽する時間が少ない」については、国会議員に当選したと同時に、その議員の最大の目標は次の選挙にも当選することになる、という問題が深く関わっています。

 議員本来の仕事は国民を豊かにすることのはずですが、次の選挙に勝つために様々な団体に呼ばれて挨拶をするのが日課となります。顔を見せることが選挙活動になるからですが、それは普通の国民から見れば無駄な活動です。国民のために働くという活動から程遠いのです。

 それ以前に、基本的な素養を持っている議員がどの程度いるのでしょうか。一般の人々よりも教養や知識、考える力を持っていない議員が多数見受けられます。「魔の3回生」などという言葉が、その実態をよく表しています。国を託す資質に達していない議員があまりに多いと感じています。

新型コロナで政治の劣化が止まらない

 新型コロナ下の政治では、議員の劣化がいっそう浮き彫りになっています。その典型的な事例として、従来からバラマキに慣れた多くの議員が過去の政策効果をまったく検証せずに、未だに野放図なバラマキを主張しているということがあります。

 たとえば、国会は4月に全国民に一律10万円の給付金を配ることを決めましたが、コロナ不況は過去の不況と比べてダメージを受けた層が偏っていたので、なぜ一律に配ったのか大いに疑問です。「薄く・広く」型の対策の消費効果が薄かったという結果に対する検証はなされていません。

 給付金は「所得が一定水準を下回った世帯に30万円を配る」という当初案から、突如として一律1人10万円に切り替わったという経緯があります。議員からは国民が求めたからそうしたのだという弁解が聞かれますが、支援が必要ない世帯にもお金が配られたので、収入が減少した世帯の所得保証が極めて不十分なものになったのです。

 それに加えて、必要な財源は当初の4兆円から12.8兆円へ急拡大したので、とても賢い支出とはいえないというわけです。今の政治には過去の教訓から学ぶ姿勢など微塵もないようです。

政治の劣化と予算の無駄は比例する

 税金を大盤振る舞いする方法ばかりが議論される状況には、国会議員の政策を立案する能力が著しく落ちたといわざるをえません。おそらく、議員同士で政策アイデアを練りあげて切磋琢磨するという機運が乏しいのでしょう。

 たしかに、新型コロナへの対応策で目先の財政支出が増えるのはやむをえないでしょう。しかし、日本の潜在成長率をどのように引き上げていくのか、人口減少に対応できる社会をどのように構築していくのか、といった将来への意見はほとんど聞こえてこないのは、非常に残念なところです。

 こういった政治の劣化に起因してか、政府が12月8日に決定した追加経済対策は、その事業規模が73兆円にまで膨らみました。事業規模を大きく見せるために、何に使うか決まっていない予備費や基金を多額に計上した結果です。中身が不透明な項目も多く、ただ使えばいいという無駄遣いも増えそうです。

 政府が15日に決定した2020年度第3次補正予算案でも、多くの無駄が紛れている可能性が高いといわれています。そもそも補正予算案の精査は甘く、当初予算で却下された非効率な事業を押し込みやすいのです。より少ない事業規模で高い効果を上げるという賢い支出とはかけ離れているというわけです。

非効率な政策が蔓延するのは「利権」「しがらみ」のせいだ

 ふたつめの「非効率な政策がまかり通り、税金の無駄遣いが多い」については、行政の仕事にしても予算の配分にしても、議員が関与するから「利権」「しがらみ」「権力闘争」などに縛られて、非効率で無駄が多くなるという、深刻な問題があります。

 その象徴的な事例が、「GoToトラベル」を巡るドタバタ劇です。「人が動くほど感染は拡大する」という歴史の教訓や科学の知見を無視して、国民に観光をするよう促すのは、あまりにも愚かな政策でした。東京など感染拡大地域の旅行者から、感染が少ない地域にウィルスが持ち込まれ、全国に感染が広がるのは十分に想定されていたはずです。

 政府は本来であれば、これまでの国内外の失敗事例を研究・分析したうえで、効果的な政策を考えるべきでした。ところが、新しく発足した菅政権の対応をみていると、そういった当たり前のことがまったくできず、行き当たりばったりの迷走ぶりをさらしてしまっています。

 欧州各国は今夏の観光シーズン前に規制を解除した結果、感染の第2波に見舞われました。第2波の規模が第1波より急拡大したため、未だに抑え込むのが難しい状況に直面しているのです。日本も見事に同じ失敗をしたわけですが、もはやGoToトラベルの一時停止だけでは、ここまで広がった感染を食い止めるのは難しい段階に入っているのかもしれません。

反歴史・反科学・反データの政策は支持されない

 菅首相と二階幹事長が観光利権を守るために、GoToトラベルになかなかブレーキをかけなかったのも、政治の無能さをさらけだした縮図といえます。「経済活動のアクセル」と「感染抑止のブレーキ」を両立するという困難な命題に対処するには、歴史や科学の教えを守りながら、データ分析によってアクセルとブレーキを効果的に繰り返す必要があります。

 ところが日本は、アクセルだけを目いっぱい踏み続け、ブレーキが壊れたまま走っている車と同じだったのです。このまま突き進んでいれば、感染は爆発的に拡大し、医療崩壊が現実のものとなると同時に、経済活動が急激に委縮することとなっていたでしょう。

 結局のところ、国民の正しい判断に逆らえずGoToトラベルは年末年始に一時的に停止されますが、その代償は補償金の大盤振る舞いとして跳ね返り、税金の無駄遣いがいっそう増えたかたちになったのです。

 感染者が全国に拡大した今となっては、GoToトラベルの一時停止だけではとても足りません。海外からのビジネス渡航者の検疫再開、GoToイートの一時的な規制など、いくつもの対策を組み合わせる必要があります。

 そもそもGoToトラベルやGoToイートより有効とされる政策は、いくらでもあるはずです。消費税減税をはじめとして、雇用調整助成金の拡充や公的保険料の免除、病院へのコロナ補助金拡充など、苦しい立場にある人々すべてに公平に手当てをするのが好ましいのではないでしょうか。

 反歴史・反科学・反データを貫いてきた菅首相が提唱するデジタル庁の創設など、今となってはブラックジョークにしか聞こえません。政府は何を基準に政策判断をしているのか、多くの国民はすでに気づいています。それが政権への不支持につながっているというわけです。

日本の政治の生産性を上げるためには

 日本の生産性の足を引っ張っている主犯は「政治」だということを、多くの議員の方々に認識してもらいたいです。目先のバラマキだけを重視し、長期的な視点に立った政策立案を怠ってきたツケは、あまりにも大きいからです。政治資本が本来投入されるべきところに投入されていないというのは、国民にとって非常に不幸な出来事です。

 コロナ下の不況でわかったのは、政治が無能ではいくら税金を投入しても効果が表れないということです。そういった意味では、限られた財源をいかに効率的に使うかという視点が欠かせないのです。規模ありきの無駄が多い予算を積み上げるのは、政府には金輪際やめてもらいたいところです。

 政治の生産性を上げるためには何をすべきでしょうか。それは、政治のデジタル化を推し進めるということです。政治のデジタル化で最大のメリットとなるのは、政府による個々の政策の効果をしっかりと検証したうえで、将来効果が見込める政策を提案できるということです。

 先ほど、人が関与するから「利権」や「しがらみ」などにとらわれて、非効率で無駄な政策が多くなると述べましたが、ビッグデータに基づく検証では人が関与する余地などまったくありません。国土強靭化の巨額の予算など、無駄な工事が多いのが即座にばれてしまうのです。

 デジタルに精通し駆使できる議員が増えれば、政治や政策の可視化が進み、これまでとは政策の決め方も変わっていきます。政治のデジタル化によってAIによるデータの検証ができるようになれば、国民の目をごまかせなくなるからです。それは、今の利権にまみれた古い政治家にとっていちばん困ることでしょう。

 正直なところ今の酷い政治をみていると、政治のデジタル化で国会議員は3分の1にでも4分の1にでもリストラしたほうが、日本にとって正しい選択肢となるはずです。「政治のデジタル化と議員定数の大幅削減」を公約に掲げる政党が出てくることを期待したいです。

イタリアでは国会議員の1/3削減を決定

 2012年の欧州債務危機以来、イタリアの政治はずっと混迷を続けています。それでも、日本が大いに見習うべき点があります。

 イタリアでは9月20~21日に、国会議員の定数を37%削減する是非を問う国民投票が行われ、賛成が69.96%と過半数を大きく超えました。次の2023年の選挙から、上院の定数は315人から200人へ、下院は630人から400人へ大幅に削減されることになります。

 その一方で、日本はどうでしょうか。2012年の国会の党首討論において、民主党の野田首相は自民党の安倍総裁と議員定数の大幅削減を約束して、衆議院を解散しました。その結果、自民党は大勝し、政権与党に返り咲いたというわけです。

 しかしその後、自公連立政権は衆議院の定数を5人減らしたものの、参議院は逆に6人も増やしてしまいました。残念ながら、国会議員の定数は増えたばかりか、国会が定数削減に動く気配は皆無といえそうです。

 第2次安倍政権が誕生して以降、政策決定を官邸が主導する傾向が強まり、与党議員は単なる採決要因になりさがってしまっています。国会議員は本当に衆参合わせて713人も必要なのだろうか、大いに疑問に感じます。

 たとえば日本で今、医師や看護士の数が半数になったら、社会が大混乱に陥るのは必至です。ところが国会議員が半数になっても、おそらく関係者以外は誰も困らないでしょう。そういわれることがないように、国会議員一人ひとりには国民を納得させるほどの存在価値を示してもらいたいものです。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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