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2019年の財政検証から読み取れる年金の未来

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
財政検証から読み取れる年金の未来とは(写真:アフロ)

今回の財政検証で浮き彫りになったこと

 厚生労働省は2019年の財政検証をようやく公表しました。財政検証とは年金制度が持続可能かどうかを検証する報告書であり、2004年の年金改革法によって5年に1度の割合で実施することが義務付けられました。2009年と2014年に続いて3度目の検証で浮き彫りになったのは、若い世代にとって将来の安定的な年金確保が極めて難しくなっているということです。

 今回の検証においては、6つの経済シナリオ(ケース1からケース6まで)を想定して、年金財政への影響や給付水準の変化について試算しています(表参照)。夫が会社員で60歳まで厚生年金に加入し、妻がずっと専業主婦であるという世帯をモデルにして、所得代替率(高齢者が受け取る年金額が現役世代の所得の何パーセントであるか、それを表す比率)が将来にどのように推移するかを計算しています。

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経済が最も成長するケースでも、給付の抑制は27年間にわたって続く

 2019年度の所得代替率は、現役世代の手取り平均額35.7万円に対して年金額が22万円になるので、61.7%(22万円÷35.7万円)になります。ここから最も経済状況が好ましいケース1で所得代替率がどう推移していくかというと、2046年度には51.9%まで下がってしまいます。すなわち、たとえ経済が理想的なかたちで展開したとしても、これから27年間にもわたって給付の抑制を続けなければならないのです。

 それでも、6つの経済シナリオのうち経済状況が好ましい上位3つのケースでは、将来の所得代替率が50%を維持できるとしています。ケース1からケース3までの所得代替率の簡単な結果は以下の通りです。

 ケース1 : 2046年度に51.9%まで下がる。

 ケース2 : 2046年度に51.6%まで下がる。

 ケース3 : 2047年度に50.8%まで下がる。

経済が成長しないケースでは、国民年金の積立金が枯渇する

 これに対して、経済シナリオが下位3つのシナリオでは、将来の所得代替率が50%を下回ってしまいます。なかでも経済状況が最も芳しくないケース6では、所得代替率が2044年度に50%を割り込み、2052年度には国民年金の積立金が枯渇してしまうというのです。その挙げ句の果てに、所得代替率は翌2053年度に37.6%まで下落することを覚悟しなければならないというわけです。

 年金給付の水準は「所得代替率の50%以上を維持する」ことが法律で定められているので、下位3つのケースが現実味を帯びれば、法律を遵守するために現役世代の納付額を引き上げるほかに、消費税の引き上げも視野に入れなければならないでしょう。なお、ケース4からケース6までの所得代替率の結果は以下の通りです。

 ケース4 : 2045年度に50.0%を割り込み、2053年度に46.5%まで下がる。

 ケース5 : 2044年度に50.0%を割り込み、2058年度に44.5%まで下がる。

 ケース6 : 2044年度に50.0%を割り込み、2052年度に年金積立金が枯渇する。

6つのシナリオに共通する不可思議な点とは

 この6つの経済シナリオが明らかにおかしいのは、すべてのケースで実質賃金が増えているということです。実際に、日本が景気拡大期に入ったとされる2013年から2018年までの6年間のなかで、実質賃金がプラスだったのは2016年と2018年の2度だけしかなかったのです。おまけに、不正な統計がなければ2018年の実質賃金はマイナスの可能性が高かったばかりか、現時点ですでに2019年もマイナスになるのが確実な情勢にあります。

 過去の連載では、2013~2015年の実質賃金の下落幅は累計で4.6ポイントになり、その下落幅は2007~2009年のリーマン・ショック期に迫るほどだったと指摘しましたが、2013年~2018年の下落幅は累計で3.9ポイントとなっています。経済状況が最も悪いケース6でも、実質賃金が0.4%増えているのは、国民に真実を隠して懸案を先送りしようとしているとしか考えられないのです。(『アベノミクス以降の実質賃金は、リーマン・ショック期並みに落ちていたという事実』〔2月1日〕参照)

政府には正直な議論をしてほしい

 そもそも所得代替率の計算方法には、大きな欠陥が隠されています。その隠された欠陥とは、所得代替率を計算する時の分子である高齢者が受け取る年金額は「税金や社会保障費を支払う前の額」であるのに、分母である現役世代の所得は「税金や社会保険料を支払った後の額(可処分所得)」になっているということです。分子と分母を同じ基準(課税前あるいは課税後)にそろえて計算すると、所得代替率は大幅に低下し、現時点で50%を下回ってしまうというわけです。

 前回の2014年の財政検証においても、現実離れした賃金上昇率や物価上昇率を前提として、所得代替率50%を維持できるというシナリオを示していましたが、今回の財政検証はそれに輪をかけて不都合な事実を糊塗していることが明々白々です。それでも厚生労働省の社会保障審議会年金部会では、実質賃金や物価上昇率が高いケースを取り上げ、長期にわたって所得代替率の50%確保は可能だと強調しているといいます。

 現実的には、日本経済は下位の3ケースのいずれかで推移するでしょうが、それを踏まえたうえで、そろそろ政府には正直な議論を始めてほしいところです。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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