Yahoo!ニュース

電気自動車が普及すると、日本とドイツの経済が苦しくなるわけとは

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
電気自動車は走るスマートフォンと変わらない(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

ドイツが電気自動車の開発に遅れている理由とは

 今月になってドイツのフォルクスワーゲンは、2028年までに電気自動車を2200万台販売するという計画を発表しました。従来の電気自動車の販売計画にあった1500万台から47%も上乗せをしたのです。

 しかしフォルクスワーゲンが苦しいのは、同社の2018年の世界販売台数は1083万台と世界トップであるにもかかわらず、そのうち電気自動車の販売台数はわずかに4万台に過ぎないということです。その背景には、ドイツのメーカーがブランド力を持ったディーゼル車やガソリン車に強く、国内には自動車の完成車工場だけでなく、多くの部品供給を担う企業群も抱えているということがあります。欧州一強と呼ばれる経済力を自動車産業が支えているがゆえに、電気自動車に大きく舵を切るのが難しいという状況にあったのです。

 さらにドイツのメーカーが苦しいのは、電気自動車の必要性を認めて技術開発を進めてはいるものの、これまでディーゼル車を中核にしてエコカー戦略を進めてきたため、他国の大手メーカーに比べて技術的に遅れが生じているということです。そこでドイツが新たに取った戦略というのが、欧州で浸透しているディーゼル車の市場をできるかぎり持続させ、電気自動車に移行する時間をなるべく先延ばしにしたいというものだったのです。

 当然のことながら、その戦略のなかには、ディーゼル車で稼げるだけ稼ごうという目論見があったのは間違いないでしょう。そういった意味では、ドイツの自動車メーカーはディーゼル車と電気自動車の双方に開発投資を分散するという非効率な二正面作戦を続けなければならないというわけです。

電気自動車が多くの良質な雇用を奪う理由とは

 いずれにしても、フォルクスワーゲンが電気自動車での出遅れを挽回するために急激に販売台数を増やす方向性を決定したというのは、フォルクスワーゲンだけでなくドイツ全体にとって大きな痛みが伴うものとなるでしょう。これからフォルクスワーゲンが電気自動車を販売すればするほど、ドイツの自動車産業から良質な雇用が確実に失われていくのが避けられないのです。

 そのようなことがいえるのは、電気自動車の生産に必要な部品数がガソリン車やディーゼル車と比べて圧倒的に少ないという事実があるからです。ガソリン車やディーゼル車に使われる部品数は約3万点であるのに対して、電気自動車の部品数はその3分の1の約1万点にすぎないのです。

 電気自動車ではエンジンが電池に置き換わることで、タンク、点火プラグ、マフラー、スロットル、ラジエーター、変速機といった多くの機能が不要になります。外見上は、電気自動車は普通の乗用車と見分けがつきませんが、実はその中身はタイヤが付いたパソコンあるいはスマートフォンに近いといえます。私たちが慣れ親しんでいるガソリン車とは、まったく別の自動車であると考えたほうがいいでしょう。

 電気自動車が主力となる将来の自動車産業では、部品数が劇的にといえるほど減少していく分、部品の製造に必要な雇用者数は大幅に減っていくことが予想されています。当然のことながら、組み立ての工程もかなり簡素化されるため、組み立て工場の人員が大幅に減ることも間違いないでしょう。そのうえ、ガソリン車はエンジンオイルや点火プラグなどの交換が必要ですが、電気自動車ではそれほどの保守点検作業は必要とならないので、修理やサービスの仕事も激減することが予想されているのです。

日本の雇用が電気自動車によって脅かされるのは避けられない

 実をいえば、日本のトップ企業であるトヨタまでもがドイツの自動車メーカーと同じように、二正面作戦を展開せざるをえない状況に陥っています。ハイブリッド車と電気自動車の双方への開発投資を続けることによって、ハイブリッド車をできるだけ売り伸ばし、電気自動車の時代に備えるというのです。仮にトヨタがフォルクスワーゲン並みの決断をするようなことがあれば、いよいよ日本の部品メーカーから大きな淘汰が始まることが不可避な情勢にあります。

 日本やドイツの自動車産業のピラミッド構造では、その頂点に大手完成車メーカーがいて、その下に組み立て・部品メーカーなどの下請けがぶら下がっているうえに、その関連産業が広い範囲に裾野を広げています。電気自動車の普及によって、このピラミッド構造は大転換を迫られることになるでしょう。

 たしかに、電気自動車が主力車になることで、電池の製造やソフトウエアの開発などで新たな雇用が生まれることはわかっています。しかし、そういった新たな雇用から失われる雇用を差し引くと、どのように考えても大幅なマイナスとなり、非常に多くの労働者が職を失うことは避けられないというわけです。

 比較的賃金が高い自動車産業で、各企業が雇用を大幅に減らすということは、程度の差こそあれ、世界各国で経済問題や社会問題としてクローズアップされてくるだろうと考えています。とくに産業ピラミッドがしっかり確立されている日本やドイツでは、その問題が他の国々よりも深刻になることは避けられないのではないかと懸念しているところです。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

中原圭介の最近の記事