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「心理的安全バブル」にご注意を! : 心理的安全とは「みんな仲良くぬるま湯につかること」ではない! 

中原淳立教大学 経営学部 教授
(写真:アフロ)

「最近、”心理的安全”が大事とも言いますので、やっぱりチームで仲良くしなきゃね」

   

「”心理的安全”が、とにかく重要ですので、安心・安全な労働環境をつくらなきゃね」

   

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 ここ数年のことでしょうか・・・心理的安全(Psychological Safety)という概念が、僕の専門の、人事・人材開発・組織開発の領域では、よく語られるようになってきています。

     

 後にみるように、心理的安全は、もともとは歴史の古い(少なくとも20年ほど)概念です。

が、最近になって、某IT企業・・・グーグルが、この概念を、独自に、「自社のデータ」をもちいて研究したことがきっかけになって、よく知られるようになってきたのです。

        

 よくセミナーなどでは、

        

「グーグルが提唱している心理的安全」

   

 といったかたちで、この概念が取り扱われ、ありがたがられています。

    

 へそ曲がりな小生は、

    

「みんなの会社は、グーグルじゃないよね。なんで、みんなグーグルのマネをしたがるのかな」

   

 と思いつつ、お話をうかがっております。

    

(このグーグル崇拝現象・・・不思議ですよね・・・グーグルが瞑想してると聞けば、みんなでマインドフルに瞑想しはじめる。グーグルが心理的安全といえば、それにとびつく。でも、そもそも他社と同じ事をやったら競争優位が生まれないのでは? どうして人事施策だけは、差異化を行わず、他社と同じ事をやりたがるのでしょう? 今日は、このくらいにしておきますが・・・)

    

 が、むしろ、巷に存在する「グーグル崇拝」の雰囲気よりも、もっともっと気になるのは、この概念の実践現場の普及過程で起こっているであろう、「すこしピントのズレた解釈」です。

     

「心理的安全の概念」の普及にともない、巷では、冒頭の会話に見られるように、

   

「心理的安全=チームで仲良くすること」

「心理的安全=安心・安全な労働環境をつくること」

     

 という風に解釈されるようになってきているところもあるようです。

 この解釈、まったくハズしているわけではないけれど、「大切なこと」をすこし見落としがちのように思えるのです。

     

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 すなわち、こういうことです。

 まず、皆さまは「心理的安全」という概念を耳にしたとき、どういうイメージを思い浮かべますか?

    

 こう問いますと、多くの人々が「心理的安全」という言葉から喚起されるイメージは、

    

 仲良くすること

 安心・安全

 関係の質(チームメンバーの関係の質が良好であること)

    

 といった「ポジティブなイメージ」を浮かべる方が多いのでしょう。

 でも、僕が、もし「心理的安全」という概念のイメージを聞かれたなら、こうお答えすると思います。

    

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 心理的安全ですか・・・そりゃ「大変」ですね。

 心理的安全ですか・・・「ややこしい」ですよね、世の中読めませんしね。

    

 つまり、「仲良くすること」「安心・安全」「関係の質」とは「ちょっと違う」・・・まったく「ネガティブなイメージ」ってわけじゃないけれど、「心理的安全と聞くと、それが必要な環境とは、大変で、ややこしい環境」だとは思う。

    

 別の言葉で申し上げるのならば、

    

 心理的安全ですか・・・そりゃ「シンドイ」でしょうね。

    

 といっても、過言ではありません。

 心理的安全が主張されるのならば、そこそこシンドイんだろうな、とも思う。

    

 あれっ、どういうこと?

 なんで、こんなにイメージが「ズレ」ちゃうの?

    

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 この謎を解き明かすためには、もともと、心理的安全という概念が「登場してきた背景」を理解しなければなりません。文献上から喚起される「Root Image」から(概念のルーツになるようなイメージ)、物事を考えていかなければならない。

    

 心理的安全とは、もともとハーバード大学のエドモンドソン教授が、今から20年くらい前に、組織論(チーム研究)のなかで用いた概念です。(Edmondson (1999) Administrative Science Quarterly. 44(2))。

   

 エドモンドソン先生は、この論文ないしは、その後の一連の研究で、先行き不透明な環境においては、心理的安全性が高いチームであればあるほど、率直にものがいえて、そのことによってチームが学べて、パフォーマンスにつながること。それを生み出すためには、チームリーダーの支援型のリーダーシップが必要であることを明らかにしました。

    

 この論文のなかで、エドモンドソン先生は、

    

 心理的安全とは、

    

「このチームで、もしリスクをとって、(率直にものを言ったり行動したとしても)、対人関係上、亀裂や破壊がおこらないであろう」という(チームに)共有された信念」

    

 としています。

    

 ここで重要なことは、「心理的安全」という概念が、率直にものをいったり、行動し「リスクをとること」と隣り合わせの概念であること。そして、その「リスクテイキング」によって「チームのなかに対人関係上の亀裂」ーすなわち「他者から刺されたり」「他者からやられたりすること」が起こらないといったことに起因した概念であるということです。

 別の言葉でいいましょう。

 

 チームのなかで、挑戦したり、勇気をふりしぼって発言をしたりする(speak up)。そういうリスクをとる職場において、そのことで「背中を刺されない」のが「心理的安全」です。

    

 つまりね・・・

    

 心理的安全とは「ぬるま湯」でもなければ、単なる「関係の質」を高めることではない

  

 関係の質を高めて、みんなが仲良くチーパッパする「関係の質牧場をつくりましょうよ」的な概念ではない

    

 のです。

      

 心理的安全とは「リスクをとった率直な行動をとること」「チームの他のメンバーから刺されないこと」といったコンテキストに存在する、ハードな概念である

    

 ということです。

   

 つまり、この環境のなかでは「みんな常日頃からリスクをとっている」ないしは「リスクをとることや挑戦すること」を求められているのです。

 

 '''人材開発の別の言葉でたとえるならば「めいっぱいのストレッチ(背伸び)を求められてる」ともいえるかもしれない。

  

'''そういうストレッチなコンテキストにおいて、リスクをとって挑戦した結果、チームメンバー間にコンフリクトが生まれ、本当に「あべし」になってしまっては困るのでセーフティネットが必要になる。心理的安全とは、そういうことを示した概念なのです。

     

 つまり、心理的安全が「敢えて」主張されるということは、

    

 1.そこに存在するメンバーが、リスクをとって挑戦することを、社会的に要請されていること

  

 2.みんなでリスク取り合っても、メンバー同士で「刺さないようにしようね=対人関係上のコンフリクトが生まれないようにしようね」と求められている

    

 ということがいえるということですね。

    

 だから、僕は心理的安全のイメージを下記のように述べました。

    

 心理的安全ですか・・・そりゃ「大変」ですね。

 心理的安全ですか・・・「ややこしい」ですよね。

 心理的安全ですか・・・そりゃ「シンドイ」でしょうね。

    

 だって、先行き不透明ななかでリスクとも表される行動をとることと、隣り合わせなんですよ。

 普通の人からみれば、そこそこ「大変」だし「シンドイ」と思いませんか?

    

 世界の「グーグル様」が「甘い」わけないじゃん(笑)。

 天下の「グーグル様」が「ぬるま湯温泉」をつくるわけがない。

      

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 今日は「心理的安全」のお話をしました。最近は、世の中が「心理的安全バブル」になっているようですので、ついつい、そこにあるルートイメージ(Root image)を皆さんと共有したくなってしまいました。

   

 巷には、心理的安全を高めるための「1日間力研修」やら、心理的安全を高めるための「1日チームビルディング研修」やら、心理的安全を高めるための「1泊2日の社員旅行」やら、いろいろあるようです。が、この概念のめざすところは、これら個別の打ち手では、なかなかただちに解決できないようなものです。

   

 むしろ、自分の組織の職場に「心理的安全」を実現したいのならば、人事の仕組み、システム、制度、サーベイ、研修総掛かりで実現しなければならない。僕はそう思います。

      

 皆さんは「心理的安全」から、これまで、どんなイメージを思い浮かべてきましたか?

      

 くどいようですが、

    

 心理的安全は「ぬるま湯」でもなければ「関係の質牧場」でもありません

    

 それは、常にリスクをとること、ストレッチをなすことが常に求められる「挑戦環境」であるということです。

    

 あなたの会社には「心理的安全」はありますか?

   

 あなたの会社の求めてきた「心理的安全」は「ぬるま湯」や「関係の質牧場」ではありませんか?

    

 そして人生はつづく

立教大学 経営学部 教授

立教大学 経営学部 教授。経営学習研究所 代表理事、最高検察庁参与、NPO法人カタリバ理事など。博士(人間科学)。企業・組織における人材開発・組織開発を研究。単著に「職場学習論」「経営学習論」(東京大学出版会)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)「フィードバック入門」(PHP研究所)、「働く大人のための学びの教科書」(かんき出版)などがある。立教大学経営学部においては、リーダーシップ研究所・副所長、ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)の主査(統括責任者)をつとめる。

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