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「研修の満足度」をいとも簡単に「操作」できちゃう「黒魔法」とは何か?

中原淳立教大学 経営学部 教授
(写真:アフロ)

 研修やセミナーの効果測定の指標として、あなたは「何」を測定していますか?

  

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 今日の話は「研修の効果測定」についてです。「研修の効果測定」は、僕が専門とする人材開発の永遠のテーマです。これを語るだけで、おそらく15コマの講義ができちゃいそうな分野ですね。

      

 研修の効果測定として、もっとも利用されているのが「研修の満足度」です。

 研修終了時にアンケートなどをとり、「研修の満足度(この研修の内容には満足している)」といった質問項目に、5段階評定で把握する。こうした「研修の満足度」を取得することをもって、研修の効果測定を行ったとしているとするケースがほとんどです。

  

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 しかし、僕は、この「満足度」というものには、疑問をもっています。

  

 なぜか?

  

 それは「満足度は、研修講師が容易に操作できるから」です。

 5段階評定で測定している満足度なら、0.3から0.5くらいなら、いとも簡単にあげることができますので、ぜひ、試してみてください(笑)

  

 以下は、いわゆる「研修満足度をいとも簡単に操作できる黒魔法」としても読むことができます(笑)。

(玄人ごのみの議論をいたしますと、実は、下記は「黒魔法」と断罪することはできません。研修講師は、研修終了時に、研修参加者の自己効力感(やればできる感覚)をあげることも求められます。なぜなら、研修終了時の自己効力感は、研修転移を促進するからです。ですので、下記に書いてあることは、自己効力感を高める努力と述べることもできます。本質的な問題は、自己効力感と満足度が、なかなか峻別できない指標である、ということでしょうか。よかれと思って、自己効力感を高めるために行っている努力が、研修満足度の操作に結果としてつながってしまうということかもしれません)

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 研修の終了時を今から再現します。

 アンケートを答える前に、10分程度の「ふりかえり」と称するワークを講師が入れます。

 講師からの参加者への指示は、下記のとおりです。

  

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【研修の最後に】

講師「今日はたくさん、役に立つ内容を学びましたね。皆さん、本当にお疲れ様でした。今日の学びを、より確かなものとするために、今から、ペアになって、今日学んでもっとも役にたったな、現場にかえって使えそうだな、とおもったことを共有してみましょう

  

ーペアワークー

  

講師「それでは、皆さん、今日の研修で、何が役立ったのか。どんな点に満足なさったのか、を、何名かのひとに発表してもらいたいと思います。クラスで、今日の研修のお役立ちポイントをシェアしましょうね。そうですね、研修の最後に、せっかく発表をしてくれますので、皆さん、発表が終わったら、拍手でお願いします。拍手のコツはTKGです。しっていますか? TKGは、強く、細かく、元気よくですね。さぁ、一度だけ練習してみましょうか」

  

ー強く、細かく、元気よく、盛大に拍手ー

  

講師「ありがとうございます。それでは、ぜひ、今日の研修、何がお役立ちのポイントであったかを発表してもらいましょう」

  

ー研修に満足してくれていそうなひとに、発言をもとめ、クラスで意見をシェアさせるー

ー発表が終わるごとに、盛大に拍手ー

  

講師「今日はこれで研修をおえます。皆さん、本当にありがとうございました。じゃあ、このあとすぐに、事務局からアンケートがあるみたいですね。今日の研修で役立ったかどうか、ぜひ答えてくださいね。ありがとうございました」

  

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 いかがでしょうか?

 これだけの操作で、満足度は、おそらく、上がると思います。

 たった、これだけです。

   

 冒頭の講師からのインストラクションは「研修がよかったこと」「研修が役立った」と思われることを前提に行われています。ペアワークを組み、お互いに「研修がよかったこと」「研修が役立ったこと」を交換させていくと、「今日の研修はよかったんだ」という思いが、強化されていきます。

 さらに、クラスで意見をシェアさせるだけで、おそらく、研修の印象は、少しずつ補正をしていきます。だめ押しは「強く、細かく、元気よくの拍手」です。これで、気分は「アゲアゲ」です。

    

「今回の研修は、自分としては、あまり満足できないな」と思えたひとでも「役だったのか?」「何が使えそうか?」をひたすら問われれば、「この研修はよかったな」と思ってきがちなものなのです。「3」をつけようと思っていたひとは「4」をつけるかもしれません。

  

 このように研修の満足度は、いとも簡単に「操作」できます。

 ですので、僕はあまり信頼していません。

  

(繰り返しになりますが、誤解を避けるためにもう一度申し上げます。研修講師は、研修転移(研修で学ばれたことが実践されること)を促すために、研修のクロージングで、受講生の自己効力感をあげることにつとめます。受講生の自己効力感は、研修で学ばれたことが実践されることに正の相関をもつことは、すでに、先行研究で繰り返し述べられていることです。ですので、研修後というものは、一般に、どうしても「ハイ」になりやすいのです。これは研修講師の仕事のひとつなので、やむをえないことです。

問題は、研修直後のいわば「ハイ」の状態のときに、同時に「研修の満足度」というものを測定し、それを「研修の成果指標」としてしまうことにあるのだと思います)

    

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 また、研修の満足度は別の問題も抱えています。

 こちらの方が、より本質的な問題かもしれません。

 最大の課題は、「研修の満足度」を気にするあまり、「耳の痛いことを言えなくなる」ということです。研修の満足度をあげたいと思ったら、相手のためを思っていうべきスパイシーな指摘をなるべく少なくすることです。

研修のなかで「のどに小骨がつっかえたようなモヤモヤ感」・・・しかし、本当は、本人が向き合い、抱えていただかなければならない自分の課題のようなものを生み出しては、満足度はあがりません。そういうものは研修の満足度を下げるものとして排除されます。

  

 ちなみに、だからこそ、僕自身が企画にかかわる研修では「満足度」は、僕自身は「把握」しません。  

 把握することに積極的な意味を感じないからです。

  

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 今日は「研修の満足度」は、僕は疑問に思っている、という話をいたしました。

  

 じゃあ、どうするか?

  

 そこで出てくるのが「研修の転移を測定する」という視点です。

 研修の転移とは、「研修で学んだことが、いかに職場で実践されたか」とい視点です。

 具体的には1問ー3問程度でいいので、職場に戻ったあとの参加者ないしは上長に、「研修で学んだことを、実践したか」「研修で学んだ内容で、実務に何をいかしたか?」を問うことも、その一計です。

  

 自動でメール配信を行い、ほんの1問ー3問程度であれば、お応えいただけるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。このあたりは、また研修転移の話題のときにでもしましょう。

  

 あなたは、研修の効果測定として、何を測定していますか?

   

 そして人生はつづく

(この記事は、中原淳の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」からの転載記事です)

立教大学 経営学部 教授

立教大学 経営学部 教授。経営学習研究所 代表理事、最高検察庁参与、NPO法人カタリバ理事など。博士(人間科学)。企業・組織における人材開発・組織開発を研究。単著に「職場学習論」「経営学習論」(東京大学出版会)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)「フィードバック入門」(PHP研究所)、「働く大人のための学びの教科書」(かんき出版)などがある。立教大学経営学部においては、リーダーシップ研究所・副所長、ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)の主査(統括責任者)をつとめる。

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