ところで「理論」って何ですか?

  そう他人に聞かれたら、あなたは、なんと「説明」しますか?

  

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 わかっているようで、わかっていないものに「理論とは何か?」ということがあります。

 この文章をお読みのみなさまでしたら、なんとおこたえになりますか?

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 先だって、國分康孝氏の「カウンセリングの理論」を再読する機会がありました。この本は、國分先生が、「古今東西のカウンセリング理論」を解説している名著なのですが、その一説に、「理論についての説明」がございます。

 今日は、國分先生の記述に引用・加筆をしつつ、「理論とは何か」について紹介しようと思います。

  

 國分先生、曰く、

  

 わたしたちの世界には、まず「現象」というものがあります。

 現象の背後には「ふだんは隠されている事実」というものがあります。

 研究者は、「分析」という手段を用いて、「現象」の背後に「事実」を発見します。

(國分「カウンセリングの理論」より)

  

 さて・・・まず、ここまではよろしいでしょうか。

 もう少し具体的に事例をだして解説させていただくと、こんな感じになります。

  

 たとえば、今、仮に世の中に生まれている「現象」に「人が組織に定着せず、すぐに辞めてしまう=離職」というものがあるのだとします。これが「現象」です。

 もし、この「離職」という現象が、もし仮に「年齢別」や「性別」によって異なる傾向を示しているならば、これが「事実」です。

 離職という「目に見える現象の背後」に「目に見えない傾向がある」。「探究」を行ってみると、ここに「年齢差」や「性差」による違いを発見してしまう。これらは一般には「目には見えません=隠されています」。これが「事実」です。

   

 ところで「事実」のなかには、一定程度、「共通する原理・原則」というものが出てくる場合があります。そこで生まれるのが「概念」です。

  

 たとえば、先ほどの流れを引き継ぐのであれば、昨今、話題になっている「介護離職」というものは「概念」です。

「親の介護という突発的事態によって、50代の働き盛りの社員を離職に導いてしまう傾向」のある「事実」が、一定程度、世間一般に見受けられるので、これを研究者やコンセプチュアルな実務家は「介護離職」と名付けます。

     

 そして、こうした「概念」が、ある程度、集まって形成される(ゲシュタルト)されるのが「理論」です。

 「理論」とは、「概念」があつまって、「世の理(ことわり)を説明するストーリー」のようなものと考えられます。

 たとえば、先ほどの「介護離職」を含みうる、「現代のビジネスパーソンの離職一般」を説明する理論がもしできたのとしたら、それがたとえば「離職ほにゃらら理論」と呼ばれるようになります。

       

 かくして、わたしたちは「理論」を手にします。

 理論が素晴らしいのは、「効用(メリット)」をもつからです。

 理論の効用(メリット)とは、下記の4点において説明できます。

    

 1.結果を予測することができる

 2.ある「事実」を説明・解釈する手がかりを得ることができる

 3.ある現象を「整理」することができる

 4.仮説を生み出す「母体」になることができる

(國分「カウンセリングの理論」より)

   

 こうした効用によって、わたしたちは「無駄な体験」や「とてつもない試行錯誤」を避けることができます。

 体験主義、経験主義を標榜し、「這い回る経験主義」や「試行錯誤地獄」に陥ってしまうくらいなら、片手に「理論」をもっていたほうがいい。僕も、そう思います。

   

 これが「理論」についての説明でした。

  

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 今日は、わかっていそうで、わからない「理論とは何か?」についてお話をしました。

 たぶん、多くの人々は、理論という言葉を使いながら、「理論とは何か?」と問われると、答えに詰まってしまうのではないかと思います。うそだと思うのなら、ぜひ試してみてください(笑)

  

 予測のつかない現場に戸惑っていたり、目の前に解釈不能な「事実」が横たわっていたり、現象がこんがらかってわけがわからない状況に陥っていたら、ぜひ、片手に「理論」を。

 もし、あなたが現象や事実を目の前に「整理」することを望んでいるのでしたら、ぜひ、「研究」を。

   

 理論は「とてつもない成功」をあなたに保証しませんが、「整理」することができます。

 そして「経験する必要のない無駄な失敗」を回避することができると思います。

    

 そう考えるのならば、「志あるこれからの大人」は、

 一人ひとつ「自分の研究課題」をもって、「自分の理論」を生み出すくらいが

 ちょうどいいのかもしれません。

    

 そして人生はつづく