「中途慣れ」していないニッポンの組織、「ではの神」になりがちな転職者!?

(写真:アフロ)

「中途慣れ(ちゅうとなれ)」という言葉があります。

「中途慣れ」とは「ある組織が、どの程度、中途採用者を受け入れ、定着させるかについて慣れているか」を示す言葉です。

この言葉、現場では、

「あの会社は、出入りが激しく、中途慣れしている」

「うちの会社は、中途採用者がいないので、全く中途慣れしてないよね」

という風に使われます。

一般に、新卒一括採用を中心とした採用を行い、強固な内部労働市場を発達させてきた日本の、特に中堅・大企業は、「中途慣れしていない組織」が多いものです。小規模、中小企業は出入りが激しい場合には、中途慣れしているケースもあります。

「中途慣れをまったくしていない会社」ー別の言葉でいえば、「新卒一括採用した社員が「はえぬき」で、「上昇移動」をしていくことが支配的な会社」では、こんな会話が繰り返されます。

「あのひと、中途採用らしいよー」

「へー、そうなんだ。めずらしいね」

こうした会社は、全く「中途慣れ」していません。

対して、雇用流動性が高く、中途採用者を大量に受け入れ、また多くの既存メンバーが退出している企業は、中途採用者の組織再社会化(組織適応)を支援するためのツールキット、情報インフラ、オリエンテーションなどの各種の「オンボーディング(Onboarding)」イベントが充実しています。

また、中途採用者を受け入れる職場のメンバー、マネジャーの方も、「中途採用者の特質」をよく知っており、何をフィードバックして、何をリスペクトしなければならないかに関するノウハウをもっています

程度の差こそありますが、こうした会社では、場合によっては、入社後、「すぐに中途採用者が仕事をできる環境がそなわっているところ」も少なくありません。せんだって、出入りの激しい、ある外資系企業に転職した方にうかがったら、「着任したその日から、ふつうに仕事ができた」といいます。

つまり、会社組織自体が「中途慣れ」しています。

人の出入りを「前提」にして、あらゆる組織、慣習ができあがっているのです。

これに対して、先ほどの「中途慣れ」していない会社の方は、

中途採用が「行き当たりばったりの、でたとこ勝負」

です。

会社の各種の人事施策・福利厚生施策が、そもそも「はえぬき」を前提に設計されており、中途採用者を想定していないこともあります。また情報インフラや、ツールキット、オリエンテーションなども整備されていないこともあります。

ある中途採用者の方は、

メールアドレスをもらおうと思ったら、それがもらえるまでに1週間かかって仕事にならなかった

という経験をお持ちのようでした。

加えて、職場のメンバーやマネジャー自身も、中途採用を扱ったことがないので、フィードバックの仕方に、ややぎこちないところがでてきます。

中途慣れしていない会社とは、さしずめ、こんなところです。

このように「中途慣れ」という言葉は、一般的には、「中途採用を受け入れる会社・組織の側が、いかに中途採用者受け入れの経験を有しているか」を形容する言葉として用いられます。

が、僕は、この概念をやや広め、「中途採用で入社してくる人」にとっても、この言葉は用いることができるのではないか、と思います。

つまり「中途採用ということの全体像や、そこで生じうる問題、そして、それをいかに乗り切り、サバイブするか」についての智慧みたいなものを知っている人と、それを知らないがいるのではないか、と思うのです。僕の専門である人材開発でも、「中途採用者をいかに定着させ、成果をあげさせるか」は、今日的な研究テーマになりつつあります。

もっとも深刻だと思われるのは、「学習棄却(アンラーニング)」の問題です。

ここでは「アンラーニング」とは、

「これまでの職場で培った知識・スキル・信念のうち、今の会社では通用しないものを、適切に学び捨てること」

をさすものとします。

中途採用者の場合、「既存の職場での職務経験で培った知識・技能・信念」のうち、「現在の新たな職場では使えないもの」が、どうしても、生じてきます。

その場合、「何」を捨てて、「何」をそのままにし、何を新たに学び直すか。こうしたことが、自然と、あまりストレスを感じずにできる人と、そうでない人がいるように思います。

中途採用される個人としては、過去の職場で学んだことは、「ポータビリティ(持ち運び可能)」で、普遍的に(ユニヴァーサルに)、どの職場や組織で行われる業務でも、利用することができるはずだと考えているのに、あちらの組織では通用しても、こちらの組織では通用しない。

思っている以上に、自分の培った知識が、企業特殊のスキルや技能であって、ポータブルではない、ということなのです・・・悲しいことに。

その場合には、学習棄却(Unlearn : すでに学んでしまったことで、現在は通用しない考えを捨てて)、学び直す(Relearn)必要があるのですが、それが、「中途慣れしていていない人」にとっては、なかなかうまくはいきません。

そうしたサイクルにはいることが、あたりまえのことだとは思えないのです。

捨てるべきものに固執する

捨ててはいけないものを捨てる

捨てることや学び直すことに勇気がもてない

一般に、「既存の職場」で手腕を発揮した人で、かつ、前職と現職の差が近い人ほど、いったん、この問題が深刻化すると、とても厄介です。そこには仕事のプライド、本人のアイデンティティの問題が深く絡んでくるからです。

「これまでの手腕」が、組織をまたげば、場合によって「足かせ」にしかならないことも、ままあるのです。

最悪のケースでは「ではの神」になってしまう人も少なくありません。

「ではの神」って何かって?

元いた組織や職場のルールに「固執」し、新たな職場でも、周囲に「XXXXでは」「YYYYでは」と「では」を繰り返す人のことですよ。

「前の会社では、こうだった。今の会社も、こうあるべきだ」

「前の職場では・・・・だった。なぜ、この職場は・・・じゃないんだ!」

これ、典型的にアンラーニングに失敗している様子です。

「個人にとっての中途慣れ」という問題は、かくのごとき問題です。

このように、中途採用者の採用・組織適応を考えていくときに、二つの視点、すなわち「中途採用者を受け入れる側の中途慣れ」の問題と「中途採用される側の中途慣れ」の問題を考えていくことが大切だと思います。

特に、今後、新卒一括採用を前提にしない人材マネジメントを組織として推進していく場合には、組織全体を「中途慣れ」の状態に変革していくこと、それも戦略的かつ体系的に、それを行っていくことが求められます。

事態は民間企業ばかりだけとは限りません。

近年は、様々な領域でも、中途採用者の問題が起こっていると聞きます。

たとえば、学校教育では、かつて民間企業で働いていた人が教員として働く事例がでてきています。

また、看護の現場では、圧倒的な「売り手有利の労働市場」を背景にして、一般の事務職・総合職をやめ看護師になる方が増えてきているといいます。

「民間企業- 民間企業間の移動」でも「中途慣れ」の問題は深刻になりがちですが、このように「民間企業- パブリックセクター間の移動」ということになりますと、さらに、事態は難しいことが予想されます。

多かれすくなかれ、程度の差こそはあれ、今後の日本社会では、「中途慣れ」の問題が、いろいろな局面、いろいろな組織の問題として、いろいろな個人のあいだで、出てくるものと思います。

'''一般に「中途慣れ」していないわたしたちは、しばらくのあいだ「中途慣れ」の問題と、さまざまな局面でつきあっていく必要がありそうです。

'''

そして人生は続く

(この記事は、中原の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」の2013年1月28日・再掲記事です)

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