「親子の会話」を無味乾燥化する「ムリ、ウザイ、知らん」の中2病ウィルス!?

(写真:アフロ)

 先だって、小学校高学年の娘さんをもつ親御さんと、立ち話をしたときのことです。

 その方は、最近、自分と娘とのコミュニケーションが、非常に短い単語レベルになってきて大変困っているとのこと。

 娘さんは口をひらけば

 「ムーリー(無理)」

 「べつにー(別に)」

 「うざい」

 「知らん」

 「どっちでもいい」

 の「5点盛り」しか言わなくなったそうなのです(笑)。

 親が、どんな声かけを子どもにしても、かえってくるのは「文章」ではなく「単語」。

「会話」というよりは、娘からは「単語をなげつけられていること」に近いな、と苦笑いをなさっておられました。

 我が家にも小学生の子どもがいますが、子ども同士の年齢が近いせいもあり、人ごとじゃないなと思ってきました。

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 この問題、胸に手をあてて考えてみれば、僕自身も自分の親に、似たようなことをしてきた記憶があるので、何とも困ったことだなと思います。

「思春期」だからなんでしょうか、何かの「疳の虫」がさわっているのでしょうか。

 あるいは、何かの「祟り」なんでしょうか(笑)ていうか「中2病」? あのー、まだ小学生なんですけど。

 成長のある時期に、急に親と話をするのが億劫になり、せんだってのような単語の投げつけをしていたような気がします。

 今から考えてみれば、まことに申し訳ないことです。

 おとうさん、おかあさん、すみません。

 ただ、僕の場合、きっと、どっかで親に甘えていたんだろうな、とも思います。

「親は他人じゃないのだから、どんなに不遜な言葉かけをしても、わかってくれるに違いない」

「どんなにコミュニケーションを省いても、どんなにコミュニケーションに手を抜いても、親はわかってくれるに違いない。心配してくれるに違いない」

 僕には、そんな甘えがあったような気がします。

 かたじけない。

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 我が家でも1年くらいまえに同じようなことが、すこしだけ起きました。

 うちの場合、息子が一時期

 「むーりー」

 を連発してきたことがあります。

 そのときには、当初、

 「何がどうムリなのかを説明させること」

 を強要しました。

 ええい、おまえの文章には主語がないのじゃ!主語をはっきりせい、と。

 しかし、1ミクロンも効果を持ちませんでした(笑)。

 

 結局、

 短い単語を息子が連発してきたときには、親の僕も短い単語でかえす

 ということをくどくやっていきました。

 「地道な闘い」です。

 その結果、僕に対しては「むーりー」はなくなりました。

 少なくとも、相手は嫌がる、ということはわかっているようです。

「会話はキャッチボールなんだから。オレは、オマエから投げられた球と似たような球しか返さない」

「いくら親でも、オレとオマエは赤の他人だ。だから不愉快なものには不愉快にかえす」

 といっています。

 ま、どこまで実効があるのやら(笑)

 でもね、パパが言いたいことはこういうことさ。

「他者とのコミュニケーション」を面倒くさがって省いていると、「他者からのコミュニケーション」において、あなた自身が「省かれる」ようになっちゃうよ・・・。

「他者とのコミュニケーション」を省力化していると、他人も「あなたとのコミュニケーション」を省力化するようになっちゃうよ

 コミュニケーションがキャッチボールってのは、そういうことさ。

 本当のことをいうとね、まだね、親子の間ならいいんだ。

 「むり」でも「別に」でも、親と子どものあいだなら、すこしムカつくけど、まだ笑って済ますことができるよ。

 でもね、社会にでると、そうはいかないよ。

 他者とのコミュニケーションを「省いた」ら、あなたもコミュニケーションから「省かれるよ」

 

 それがキャッチボールってことなんだよ。

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 息子はこれから思春期に入ります。

 彼は、きっと、ただでさえ説教臭く、言葉にうるさいオヤジを、きっと疎ましく思うでしょう。

 たぶん、ここで僕が言っていることは1ミリもわからないと実感できないと思うのです。

 しかし、彼がそのことの不遜さに気づくのは、もっともっと後のことかもしれません。

 そう、彼が僕の年齢になるまでに、同じように、いろいろに痛い目にあって。

 人生はつづく 

 そして歴史は繰り返す