管理職が感染する「部下の話を傾聴できません症候群」とは!?

(写真:アフロ)

部下指導や職場指導でね、まずは部下の話を「傾聴」するってっ言われるじゃないですか。でもね、「まずは傾聴!」って言われてもね、「部下に負けてる」って感じちゃうんだよね。なんで、おれが負けなきゃなんないんだよって。

 かなり前のことになりますが、ある管理職研修でフィードバック(部下育成)の話をした際、50代くらいのオジサマがもらした一言がこれでした。

 部下指導の局面では、部下が言っていることを「いったん受け止めること=聞くこと」が大切だ、というお話をエクササイズとともにさせていただいたのですが、その中ででてきたのが、この反応だったのです。

 それ自体の評価はいたしませんが、誠に印象深い反応であったので、記憶に残っています。

 これにゆるく関連したところでは、こんな事例もあります。

 こちらは40代の管理職経験5年目くらいの方でした。

 曰く

「オレはたしかに職場であまり部下を褒めません。でも、オレが部下に何も言わないってことは、褒められてると思って欲しいんですよ。ダメなら叱るから。ダメなら声かけるし」

 こちらも、まことに興味深いものですね。

 なんで、そんなに「言葉が苦手」なのかなぁ・・・?

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 僕の研究領域は「人材開発」です。

 仕事柄、多くの管理職の方々とお逢いすることがありますが、ごく希に、この類の「中間管理職の素朴理論」に出会うことがあります。

 「傾聴とは負けること」

 「何も言わないことは、褒められること」

 この種の中間管理職の思い込みを、ここでは「素朴理論(そぼくりろん)」とよびましょう。

「素朴理論」とは、「理論」という名前はついていますが、アカデミックな作法に基づきつくられる「公式の理論」とイコールなのではありません。ここでは「自分で勝手にもってしまった思い込みや囚われ」のことをさします。もう少しニュートラルにいえば「持論」ということになるのでしょうか。

 前者の

「部下育成で大切なのは、まずは聞くとかね、受け止めるっていわれても、、、つい、負けてるって感じちゃうんだよね。なんで、おれが負けなきゃなんないんだよって」

 は「聞くとは負けることだ持論=症候群」

 

 と名づけましょう。この症候群の原因は「人の話を聞けませんウィルス」かな(笑)

 

 後者の

「オレが部下に何も言わないってことは、褒められてると思って欲しいんですよ。ダメなら叱るから」

 とは「褒めるとは沈黙持論=症候群」とでも名づけておきましょうか(笑)。

 僕の研究によりますと、中間管理職の方々の中には、人によっては、この種の持論に囚われていて、なかなか部下を動かすことができない方が少なくありません。そして、そうした持論が、自分の行動を呪縛し、そのために自らを苦しめている場合もあります。

 信念研究の知見が明らかにしたところによれば、

 信念とは、仕事をはじめたごくごく初期に形成されます。

 特に、仕事をはじめた頃に、職場で初めて出会った上司、メンバーの影響は絶大で、そのような人々との仕事を通して、信念は知らず知らずのうちに形成されていきます。

 そして、信念はいったん形成されると、なかなか後になると、学習棄却(解除)は難しいものです。学習棄却されない信念は、行動を束縛します。

 先ほどの持論でいえば、リーダーシップの観点からは、

「部下育成は勝ち負けじゃない。だから仕事として、いったんは受容しましょう」

「部下を動かすには、フツーにフィードバックしましょうよ。よくできたときは、フツーに褒めましょうよ」

 が推奨される行動なのですが、それがなかなか難しい。

 過去に形成した持論が、どうしても、頭をもたげてしまうのです。

 ややこしいものですね。

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 今日は、過去に形成された「中間管理職の素朴概念」について書きました。

 素朴理論は、それ自体がネガティブなわけではないのですが、それが時代や環境にあわず、独りよがりのものになってしまえば、おそらく、本人・周囲に害をもたらします。

 やはりこの種のものは、どこかの局面では、学習棄却をしなければ、なかなか本人のためにならないものであり、そうしたことを可能にするのが、フィードバックの機会なのかな、と思います。

 しかるべきときに、ちゃんと、誰かが、なんらかの機会をとらえて、耳の痛いことをフィードバックをしておかないと、あとは「バカ殿化」が進行していきます。

「人は無能になるまで成長する」と俗に言われますが、自戒をこめて申し上げますが、年をかさねて「無能」にはなりたくないものです。

 あなたの周囲の管理職は、時代や環境にあわない「素朴理論」をもっていませんか?

 あなたの周囲の管理職は、独りよがりの「素朴理論」をふりかざしていませんか?

 そして人生は続く

(本記事は、中原の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」に2015年7月21日掲載されていた記事を、加筆・修正したものです)