職場の先輩は「新人がなぜ出来ないのか」がわからない人である!?

(写真:アフロ)

 何かを「出来るようになる」ということは、「出来なかった時のこと」を「忘れること」でもあります。

 

 何かが「できる」ようになった瞬間に、私たちは「愉悦」を感じるのと同時に、それが「出来なかったときのこと」ー苦労したり、試行錯誤したときのことを、「過去の出来事」にしてしまいます。その際、「出来なかったときの悔しさや惨めさ」は、時に「甘美な思い出」に転化されます。

 そして、時間は「できなかったときのこと」を忘却の彼方に追いやります。

 人は「出来なかったときのこと」をかくして「忘れる」。

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 このことは「仕事の現場」ーとりわけ、職場の新人指導、OJTでは、よくこのことが起こります。

 暦も5月に入り、そろそろ新入社員が新たな職場に配属され、OJT指導員、ないしは、マネジャーのもとで、仕事をはじめる瞬間でしょうか。

 新入社員は、今、圧倒的な「不透明さ」の中におられるのだと思います。

 右を向いても、左を向いても、上を見ても、下を見ても、新しいことと驚きの連続中には、こんなハズじゃなかった、とリアリティショックにうちひしがれておられる方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、程度の差こそはあれ、みんな同じようなものです。

 大丈夫、みんなそうだったんだから。

 少しずつ少しずつ、さながら、洞窟の内部をさぐるように、壁に手をはわせ、カンテラであたりを照らしながら、前に進み、全貌を明らかにしていくことが、今は為しえることかもしれません。

 暗い洞穴の中で、視界がきかない中、爆走するような愚弄は避けることです。

 時に周囲の人々にヘルプをだしながら、少しずつ、前に進むことができれば、それでよいのではないでしょうか。

 しかし、このときに、少しだけ「問題」になることがあります。

 それは、洞窟の少し先を颯爽と歩き、ヘルプを提供してくれている「先達」ーつまりは、職場の先輩や既存メンバーは、先ほどの話でいえば「出来る人」であるということです。

 彼らは、みずから仕事を抱えながら、助言や指導をくれるかもしれません。

 しかし、既述しましたように「出来る人」とは「出来なかった時のことを忘れている人」でもあるのです。

 彼らは、自らの仕事を抱えつつ、それでも、誠意をもってヘルプを提供してくれるかもしれませんが、時に「出来ないこと」がわからないことがあります。

 時に、新入社員が「出来ない様子」を見て、これが、「なぜ出来ないのか」がわからないのです。なぜなら、彼らは「出来る人」だからです。

 そして、さらにややこしいことに、新入社員はそんな既存メンバーの状況、「出来ないことがわからないという状況がわからない」のです。  新入社員の目からすれば、よもや、目の前の先輩が「自分が出来ないことがわからない」とは思わない。

 かくして、「出来ないこと」が「わからないこと」が「わからない」という連関が生まれます。

 職場の先輩は、新入社員が「出来ないこと」がわからない。

 新入社員は「職場の先輩が、出来ないことがわからないこと」がわからない。

 誰かが、それを「断ち切ろう」としない限り。

 

 このデフレスパイラルのような関連を断ち切るひとつの手段は、新入社員の方が、「出来ないこと」を詳細に語り、「出来る人」に「出来なかったときのこと」を「思い出させること」です。

 もうひとつの手段は、「出来る人」が「出来ない人」を前にして、「出来ないことにまつわる困難や障害」を詳細に聞いていくことです。

 結局、我々に為しうることは「語ること」そして「聞くこと」。

 ぬるくて、かったるくて、めんどくさいことかもしれませんが、無限の連鎖を断ち切る方法は、それほど多く存在しているわけではありません。

 もしかすると、新入社員の方々は、後者の手段を期待したいかもしれませんが、まずは自分から動くことです。

「学校」では「先達は機会均等に人を育てることをよしとする」かもしれませんが、「社会」では「先達は見所のある前向きな人で、自分が育てられそうな人」を、人は「育てよう」とするのです。

 いつのまにか、自分の周囲の「ルールが既に変わっていること」に気をつけなければなりません。

 それが「教育機関を終えて社会にでる」ということです。

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 今日は、新入社員にまつわることを書きました。

 新入社員の方々の中には、GW中、仕事をやすみ、ホッとしておられる方もいらっしゃるかもしれませんね。お疲れさまです。

 もし、職場のOJTの局面で、モヤモヤしたことがあったら、一寸だけ、思い出してみるとよいかもしれません。

 「わたしの目の前にいる、この人は、わたしが出来ないことが、わからないのかもしれない」と。

 自分の状況を伝える必要がないのか、と。

 Keep on going!

 そして人生は続く!

(本記事は、中原の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」に2014年5月2日掲載されていた記事を、加筆・修正したものです)