OJTとは「お前が(O) 自分で(J) トレーニング(T)」!?

(写真:アフロ)

春です。

そろそろ、キャンパスは、新年度4月以降の準備がはじまってきました。会社では、そろそろ新入社員を迎える準備が進んできているところでしょうか。仕事柄、人事部の方々とよくお逢いしますが、ちらほら来年度の新入社員教育の話題をきくようになりました。

もう数ヶ月もすれば、真新しいスーツに身をつつんだ、新社会人を駅などで目にすることが増えるのではないかと推察します。

春です。

あと2か月もたって、4月になれば、日本列島は「新人の組織への適応・戦力化」がここかしこで進行します。

さまざまな組織で、新規参入者をいかに受け入れ、いかに組織に定着・順応させていくが試みられます。特に一刻も早く「戦力化」をなしとげたい組織にとっては、ここが智慧の働かせどころです。

新人の「戦力化」といえば、新人研修もさることながら、OJT(On-the-job Training)も主要な試みのひとつです。

しかし、OJTがうまく奏功するためには「さまざまな諸条件・制約」があることがよく知られています。

もっともよく指摘されるOJTの泣き所(脆弱性)は、下記のとおりです。

1)OJTの学習効果は「師」に依存する

OJTは「師- 部下間」において行われるため、外部から第三者が介入を行うことは難しいといわざるをえません。師の思うところによって、そして、師の考えにしたがって、教育が行われます。その学習効果、教育のクオリティは、「師のあり方」に大きく依存します。

2)師の能力を超えることは、学べない

OJTは原則的に「師と部下間」のブラックボックスにおける閉じられた学びです。「師のわからないこと」「師の知らないこと」は、OJTにおいて学ぶことはできません。

OJTとは、そもそも「師の知識・経験がなかなか色褪せてしまわないような安定的な領域」に向いている教育のあり方です。

師や部下の存立している場所が、「不確実性の高い領域」であったりする場合- すなわち、上司にとっても「わからないこと」「知らないこと」が生まれやすい知識流動性の高い場所においては、OJTはあまり向いていません

3)学習の起こるタイミングが「偶然」に依存する

部下が何かのミスをする。そうした「偶発的な教育的瞬間」に、上司と部下がともに居合わせ、さらには上司が適切なフィードバックを行ったときに、OJTが奏功します。

ということは、OJTが奏功するための条件としては、「上司と部下がともにいる時間が長い」ということになります。

伝統工芸の師弟関係を見ればわかるように、ともすれば「生活時間」をともにするような「長時間」の人間関係が、OJTの奏功する条件です。

4)OJTはともすれば「単なる労働」に変わり果てる

OJTのもっとも深刻なことは、それが「単なる労働」になり果ててしまうことです。

メタファを使って言うならば、OJTは「Learningful Work」でなければならないのですが、それが容易に「Learningless job(学びもクソもへったくりもない、単なる労働)」になってしまう、ということです。

このように、現場で実践されるOJTは、パワフルである反面、泣き所がたくさんあります。よって、現場では、OJTにまつわる悲惨で、アイロニカルな「略語」がついてまわります。

僕が知っているだけでも、こんなものがありますが、皆さんは、もっとご存じでしょうか?

お前が(O) 自分で(J) トレーニング(T)

おまかせ(O) ジョブ(J)トレーニング(T)

おまえら(O) 自分でやれ(J) 頼るな(T)

教える(O) 自信がないので(J) テストばかり(T)

俺に聞くな(O) 自分でやれ(J) 頼むから(T)

怒られる前に(O) 自分で何とかしろ(J) 頼む(T)

お前(O) 邪魔だよ(J) 立ってろ(T)

(他にもあったら、お知らせ下さい!)

現場は「殺伐」「殺気」だっていますね(笑)。

しかし、どんなベテランでも、誰しも最初は「ノービス(初心者)」でした。誰しも、社会や組織に参入したときには、右も左もわからず右往左往した経験をお持ちなのかな、と思います。

人は

誰かに支援されているか、他者を支援しているか

そのどちらかしかないものです。

今は他者を支援する側にまわる役割をになう皆さんも、

ちょっと前までは「ノービス」でした。

どうか新人の皆様にも、温かい目と言葉を!

そして人生は続く

(本記事は、中原の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」に掲載された2点の記事を結合し、加筆・修正を加えたものです)