リーダーはいつも「完璧チーム」を夢みて「不完全チーム」を率いる!?

(写真:アフロ)

 リーダーは「完璧なチーム」の夢をみるものです。

「完璧なチームを与えられたら、もっと成果が出せるのに・・・」

「やる気のあるやつだけ与えられたら、もっと素晴らしいアウトプットがだせるのに・・・」

「能力の高い完全チームをあてがわれたら、すごい成果を残すことができるのに・・・」

 リーダーは、あの手、この手をつかいながら、時に、気疲れを感じて、チームを率いています。デコボコなメンバーに、あの手この手で対処を試みているのです。目には見えないかもしれないけれど。

「動かない人」を何とかそそのかし、「動きすぎる人」を何とか押さえ。

「暴走するメンバー」の方向性をただし、「微動だにしないメンバー」にささやき。

 あなたも、一度でもリーダーを経験したとしたら、そんなリーダーの気持ちがわかるのではないでしょうか。

 みんながやる気に満ちて、能力が高く、一緒の方向性を向いていて、お互いに意思疎通が可能な「完璧なチーム」さえ、わたしに与えてくれたのなら・・・。そんなチームさえあれば、すごい成果がだせるのに。

 リーダーのみる白昼夢は、おおよそ、そんなものです。

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 しかし、おそらくは、リーダーの、この夢は、「永遠」に叶えられることはありません。

 

 なぜなら、「完璧なチーム」を与えられれば、そこには自ずと、メンバー同士が意思疎通をはかりながら「リーダーシップ」という社会現象が生まれることが予想されますので、「リーダー」は不要になってしまうからです。

 ワンセンテンスで申し上げますと、「完璧なチームの存在」と「リーダーの存在」は、矛盾してしまうということです。「完璧なチーム」があるのなら、リーダーは「必要がない」のです。

 チームにメンバーをあてがう方からすれば、「完璧なチーム」を用意できるくらいなら、「最初から誰も苦労はしない」。

 今、特別に人をあてがい「リーダー」を敢えて依頼せざるをえないのは、この世には「完璧チーム」は存在せず、やる気も能力も方向性も「デコボコ・バラバラなメンバー」しか存在し得ないからだ、ということになります。

 ここでリーダーは「ひとつの結論」に至ります。

 すなわち、

 リーダーが率いるのは、いつも「不完全なチーム」である

 という「現実」です。

 自分の目の前には、今日も、明日も、「デコボコ」「バラバラ」しかない。

 「目の前のこと」が、やはり「現実」であり、これはおそらく変えられない。

 

 そして、最初から、自分に「完璧チームは割り当てらることはない」「いつも自分が目にするのは、デコボコ、バラバラである」と思っていさえすれば、腹もくくれませんか?

 にのごの言っていても、文句たれてても、しゃーない。

 「与えられた境遇」の中で、精一杯やるだけやって、いかに成果をだすのか?

 まー、夢見てても、しゃーないわな。

 愚痴るだけ愚痴って、夢見たいだけ夢見たら、

 あとは、やるべきことをやろう

 そんな風にも思えませんか?

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 今日はリーダーとチームについて書きました。

 このように、私たちの生きる世界は「デコボコ」と「バラバラ」に満ちています。人種やら、性別やらもそうなのですが、あたりまえのことですが、人はそもそも「デコボコ」と「バラバラ」です。それこそが「ダイバーシティ」と呼ぶべきであり、それ以上でも以下でもありません。

 そして「デコボコ」と「バラバラ」があるかぎり、そこには「リーダー」が必要とされるのかな、と思います。ダイバーシティとリーダーは、かくのごとく、つながります。

 そして人生はつづく

(本記事は、中原淳の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」の2015年9月6日記事の再掲記事です。一部加筆・修正をしてあります)