若手・見習いの「長い下働き生活」とは本当に「妥当なもの」なのか?

(写真:アフロ)

昔は、"コテをもたせないという教育方法"だったんですね。とにかく、若い子には、"コテを持たせない"で、長いあいだ下働きをさせた。それが"教育"だったんです」

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 先だって、人事専門誌「人材教育」さんの取材で、文京区にある原田左官工業所さんを訪問させていただきました。「中原淳の学びは現場にあり!」という取材でのご訪問です。

 原田左官さんは、独自の職人教育で注目されている企業です。同社では、原田宗亮社長から、同社の人材育成について、貴重な話を伺い、また、同社の2名の職人さんたちに壁塗りトレーニングの実演とお話を伺うことができました。

コテで壁をぬってみた!(難しい!)
コテで壁をぬってみた!(難しい!)

 お忙しいところ貴重な時間をくださったみなさまに、この場を借りて御礼申し上げます。また、今回の仕事は、例のごとく、井上佐保子(学び続けるライターさん)と編集者の西川敦子さんとのお仕事です。お二人ともお疲れさまでした。

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「コテをもたせないという教育方法」の脱却。

 同社の人材開発の方針は、原田社長のお言葉を借りてワンワードで申し上げますと「コテを持たせない教育方法」から「コテを持たせる教育方法」に「変えた」ということです。

 かつて、左官職人さんたちの人材開発とは、他の職人の育成同様、職場に入った見習い職人が、実際に"コテをもって壁を塗らせる"というところに至るまで数年の時間をかけるものでした。

 左官の仕事をワンワードで述べますと、「コテを使って壁を塗ること」です。であるのに、「コテを持たせない教育方法」というのは、非常に奇妙に一瞬きこえるのですが、そうしたものが実際に一般的であったということです。

 若い見習い職人には、コテを持ち壁を塗らせる練習をするまえに「壁に塗る材料」を混ぜさせたり、道具の準備をさせたり、とにかく「コテをもたせず」数年過ごさせ、それでも、ついてくるなら、

「じゃあ、そろそろ、おまえ塗ってみるか?」

 ということになった。

 もちろん、それは全く不条理であったわけではなく、昔は「材料」があまり安定的で良質ではなかったため、左官の作業に占める「材料作り」の役割は、今よりも大切であった。だから、若手にそれを任せるのは、それなりの意味があったかもしれない。

 しかし、今は材料も安定し、以前よりも少ない苦労で材料はつくることができる。若手育成をめぐる状況は大きく変わってしまった。それなのに、見習いの育成システムとはあまり変化がないのだとしたら、そのあたりは問題かもしれない。

 このあたりは、別に職人教育だけでなくても、様々な仕事の現場において、今も存在していそうですね。

 ともかく、左官の業界では、そうした徒弟制を眼目とした職人教育が、従来一般的であったといいます。

 これに対して、原田左官さんでは、ビデオによるモデリング(模倣)を積極的に職人教育に取り入れます。

 まず、日本でもっとも尊敬されるといわれる左官職人の塗り壁の様子を、徹底的にビデオで学び、「模倣」させます。その上で、社屋の一部に設置されたトレーニングスペースで、若い職人にすぐにコテをもたせて、べニア1枚分の壁に土を塗る作業を繰り返しやらせます。1時間で20回安定して、壁を塗ることができるようになった頃に、このトレーニングは終了です。あとは、「現場での教育」に接続させます。

 もっとも興味深いのは、こうしたモデリングのプロセスで、若い見習い職人さんたちが、身につけているものが「壁を塗るスキル」ではない、ということです。正しくは「壁を塗るスキル」ももちろん身につけるんだろうけど、それが大切なのではない。

 原田さんの言葉を借りれば、モデリングで身につけるのは、

 「現場に入ったときに、職人から学び、模倣する目を身につける」

 だといいます。

 いくらコテを持たせて、トレーニングスペースで修行をさせても、やはり、壁塗りのもっとも大切なところは、「現場」にいかなければ学べない。

 しかし、従来のやり方で、いきなり現場に放り込んでも、若手は、様々にいる現場の職人の仕事のやり方に翻弄されてしまう。

 また「見て、学べ」とか「模倣して、学べ」といっても、「学ぶべき視点」や「模倣する視点」を若手はもっていない。だから、まず「学ぶための目」「模倣するための目」をトレーニングで養う、というのです。

 かくして、このようにして現場にいった若者にはどのように変化が生まれるか。原田さんによりますと、「粒が揃うようになる」そして「スピードが増す」のだといいます。

 従来は、勘のいい子は現場にいって、すぐに技を憶えられるが、そうじゃない子は10年たっても、あまり上達しなかった。それが、この方法を取り入れてからは、多くの見習い職人さんたちが、一定のクオリティで、安定的に仕事を覚えられるようになった。また、そこに至るまでのスピードも、非常に速くなったといいます。経営に与える影響は非常に大きいそうです。

 もちろんこの方法も万能ではありません。たとえば、早期にコテを持たせることによって、「一人前になった」かのような錯覚をもってしまい、それ以上、研鑽をつまない若手が生まれる可能性はゼロではない。しかし、メリットとデメリットを天秤にのせて合理的に考えた場合、メリットの方が大きいと思われます。

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 ふりかえって考えてみると、面白いことが2つあります。

 

 ひとつは、従来の徒弟制、職人教育で、たとえば、最近の若い者が育たないという場合、その教育方法は妥当なものでったのか、ということです。

「最近の若手が育たない」と述べるまえに、「育てるやり方」が妥当なものであったのか、ということを振り返る視点がぜひ必要です。特に「下積み生活での不条理な待遇」「下働き生活での破天荒な扱い」は、ともすれば、それを経て一人前になった人にとって、ロマンを感じやすく、自ら、それを無反省に再生産しやすい。

 要するに、

 「オレも、これで一人前になったんだから、オマエもこのやり方でOKだろ」

 

 となりやすいですし、

 最悪の場合には、

 

 「オレも、若い頃はヒドイ目にあわされたんだから、今度は、オマエも味わえ」

 となりやすいということです。

 もうひとつは、この原田さんの視点は、他の業界でも指摘されているということです。

 実は、このやり方は、まったく業種業界は違いますけれども、TBSさんにお邪魔したときに、アナウンサーの教育担当者の清水大輔アナウンサーがおっしゃっていたことに、非常に似ています。

 TBSのアナウンス教育でまず重視されていたのは、「目を養うこと」ではなく、「耳を養うこと」。左官さんの場合は「目」ということになるのでしょうけれど、アナウンサーの場合は、大切なのは「耳」ということになります。「耳を養うこと」ができなければ、自分の発声を、自らチェックしながら、さらに先に学ぶことができないからです。

 左官とアナウンサー教育!全く業種、業界が違いながら、育成の考え方が非常に似ているのは、なかなか面白いですよね。

 あなたの業界はいかがですか?

 長い長い下積み時代、それは、今の時代、本当に「妥当」なものですか?

 そして人生は続く

(本記事は2015年1月26日に、筆者の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」に掲載された記事の再掲・修正記事です)