「ダントツ・クオリティの仕事」でサバイブするか、「そこそこ全部できるようになる」か?

(写真:アフロ)

 先だって、あるWebを企画・ディレクションしている方と、「最近、どうよ?」なんて話をしていました。そのとき、その方がおっしゃっておられたのが、

「写真がある程度撮れるライターで、イラストもちょこっと書ける人って知り合いにいない?」

 という印象深い一言でした。

 曰く、

 現代はスマホの時代。すなわちそもそもユーザーが見る画面が小さいので、高解像度の写真とか、めちゃうまいイラストは必要がない。いや、クオリティの高いものはめちゃ欲しいけど、そんなにお金がない。もともとコンテンツも回転が速いので、そんなに支払う余力もない。

 でも、ある程度かっこよい写真とか、ちょこっとしたイラストはサイトには必要。そんなとき、写真がある程度撮れるとか、イラストがちょこっと描けるライターさんが助けてくれると、ずっとおつきあいさせていただきたい。ていうか、とにかく、スピード。役割分業をする時間なんて、そもそもない。

 でも、文章書ける人は世の中にたくさんいる。でも、イラストも写真もそこそこできるライターさんは、なかなかはいない。そういう人を探しているのだけれども、お近くにいない?

 とのことでした。

 僕はWebディレクションにも、ライターにも、写真にも、イラストの世界も全くの門外漢ですが、なぜかこの一連のやりとりは印象に残るものでした。

 そういえば、別のところでは、また違うWebディレクターがこんなことをおっしゃっていました。そのときはピンとこなかったのですが、よくよく考えてみると、件の方と同じ事をいっているようにも思えます。

 そこそこのクオリティでいいんだけど、チョロンと動画とって編集できて、数分のビデオをつくれるライターさん、中原さんの回りにはいらっしゃらないですか?

 今度は動画ね・・・。

 ふーん。

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 最近、こんなやりとりを連続していて、僕の脳裏にぼんやりと浮かんでいたのは、数ヶ月前にソーシャルメディアで話題になって見た「昭和のビジネスを再現してみた」というコンテンツでした。

昭和のビジネスを再現してみた

http://bbpromo.yahoo.co.jp/special/showa/

 このコンテンツは、1979年に総合商社に入社なさったFOXインターナショナル・チャンネルズ株式会社の元・代表取締役社長である小泉喜嗣さんが、昔を振り返り、「昭和のビジネスの仕事の様子」を語っていらっしゃるものです。

 インターネットも、メールも、スマホもない時代に、どのようにビジネスをしていたのか、非常に興味深く知ることができます。

 興味深いのはこのコンテンツの中で、小泉さんは、

「(当時は)もっと分担してやっていたということです。資料を探すのは資料を探す人、プレゼンするのはプレゼンする人、資料を作るのは資料を作る人、と完全な分業制だったんです」

「1人である程度のことは全てできるようになったので、働き方がそもそも変わりました」

 とおっしゃっておられたことです。ここが誠に興味深いことです。

 すなわち、昔だと、調べるのはAさん、資料づくりはBさん、発表するのはCさんという風に複数の人々で「役割」をわけて「水平分業」していたものが、コンピュータの普及とともに、「仕事が、そこそこできちゃうDさんひとりに垂直統合されてきた」ということです。

 コンピュータに入っているさまざまなアプリを使い、そこで研鑽をつめば、そこそこのクオリティで、ひとりで様々な作業を行い、垂直統合することができるようになってきました。

 もちろん、Aさん、Bさん、Cさんがそれぞれの領域でプロ級なのだとしたら、Dさんには単体で、Aさん、Bさん、Cさん、それぞれには勝てないかもしれません。

 でも、それぞれの仕事を、そこそこのクオリティで引き受けることのできるDさんの付加価値は、まさに「他の人の力を借りず(コストを下げて)ひとりでそこそこできる」というところです。

 別の言葉を用いるならば、これまでは、分業して、コストがかかっていた様々な作業を「垂直統合」することによって、ひとりで「価値」を創造できる。スピードをもって、ただちにコストをかけずに対応することが求められます。

 これは別の観点からいえば、Aさん、Bさん、Cさんがいかに生きていかなければならないかも透けて見えます。1点ものの専門性で生きていくのなら、誰が何といおうと「ダントツ・クオリティ」を守らなくてはならないということです。Aさん、Bさん、Cさんの仕事のクオリティがDさんに少しでも近づいてしまえば、Dさんに「置換」されてしまいます。

 要するに、

「ダントツ・クオリティの仕事」をするか、「そこそこ全部できるようになる」か?

 の岐路にたつということです。

 ここが、妄想力を駆使すると、先ほどのライターさんの需要の問題とリンクしてきているような気がしました。気のせいかもしれませんが。。。

 イラストも描ける、写真もとれる、動画もとれるライターさん。求められているのは、ライティング、写真、イラストという風にメディアをわけて表現をおこなうことなのではなく、「スピード感をもち、メディアによらず仕事ができる表現者」なのかな、と思いました。

 もし仮にそれが「是」だとして、かくして生まれてくるのは「何でも、そこそこできる人に仕事が集まってくる状況」です。ここらあたりは、まさに僕の専門です。

 仕事が高度化して、多重役割化して、それらを垂直統合することで付加価値がなければ仕事がとれない時代が出現してきた、ともいえるのかもしれません。

 そして、こうした時代をサバイブしていくための戦略は2つです。

 まずは自分の専門性(ウリ)をコアにしながら、幅広い仕事に精通しているという生き方です。この場合、単体のスキルをコアにしつつも、それに関連する複数のスキルを駆使して、スピード感をもってバリューをだしていくことが求められます。

 もうひとつは、高度な専門性追求の戦略です。

 先ほど申し上げましたように、1点ものの高度なスキル・専門性にこだわるのなら、「垂直統合」してくる人間には、絶対に出せないようなダントツのクオリティが求められるということです。

 ややこしいねぇ、、、(笑)昭和がうらやましいねぇ。

 世の中は、かくして、そこに生きる人のあずかり知らないところで「高度化」「複雑化」しています。

 人材を育成することが難しくなったのは、決して、教える人の怠惰、学ぶ人の怠惰が主な原因ではないという仮説も成立します。そもそもサバイブするために必要になる知識やスキルが「高度化」し、「そこそこの物事を垂直統合し、バリューをださなければならない状況」になってきており、そこに新規参入者がそもそも追いつけない、という仮説が成り立ちます。

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 今日は「水平分業していた仕事が、ひとりに垂直統合されてきた」話を書きました。繰り返しになりますが、こうした事態が、それぞれの業界で本当に起こっているかはわかりません。また、垂直統合された先に起こる弊害などの業界の実状を僕は知りません。

 皆さんの業界はいかがでしょうか?

 あなたの仕事は、ここ10年で

     垂直統合が進んできていますか?

 この後10年、あなたの仕事は

     誰かに垂直統合されませんか?

 

 ぶるぅ・・・シバれるねぇ。

 スパイシーだねぇ、生きるって。

 そして人生は続く

(本記事は、筆者の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」に2015年6月25日に掲載された記事の加筆・修正版です)