「夏休みの自由研究」とは何か?:研究テーマを選ぶときの3つのポイント!?

嗚呼、夏休みといえば「自由研究」。

皆さんのお宅では、進んでいますか?

(この記事は2015年7月15日 NAKAHARA-LABブログ:個人ブログに掲載されていた記事の再掲です)

8歳の愚息TAKUZOにも、今年は「自由研究」が課されるらしく、我が家では、せんだって、食卓でその話題になりました。

自由研究では、何をテーマにするか?

です。TAKUZOは、今年、はじめて自由研究をするので、そんな会話になりました。

そしたら、開口一番、TAKUZO曰く

鎌倉幕府は源頼朝がひらいたんだよね。

僕、自由研究に、それを書きたい

バミューダ海域って、船沈むよね

僕、それを調べて自由研究に書きたい

思わず、これには、飲んでいたコーヒがダバダーと口からあふれ出てしまって、頭痛が痛くなりました。

あのさー、それって、そもそも「自由研究」なの?

源頼朝が鎌倉幕府をひらいたのは、すでに誰かが明らかにした史実で、それを暗記して、書くのは「お勉強」じゃないの?

バミューダ海域を調べるっていうけど、あんた、バミューダ海域、どうやっていって、どうやって潜るの?

ねー、そもそも「自由研究」って何?

「そもそも自由研究が何か?」は、どのように教えられているんだろうか?

「なんかおかしい」と思って、翌日、書店に行きました。そしたら、世の中には、よほど自由研究に困る人がいるらしく、自由研究本って腐るほどあるんですね。

夏休み終了1日前になっても、すぐに真似できる自由研究のタネ本もあったような(笑)。

その中から数冊読んでみましたが、とても興味深いことがわかりました。

それらの本には、

「子どもが簡単に真似できる自由研究の事例」は書いてあるのだけれども、「自由研究が何か?」を明確に定義して、伝えている本はない

のです。

ま、たぶん探せばあるんだろうけど、都内の大手書店の自由研究コーナーで、僕がこの日みたものの中には、そうした記述は見当たりませんでした。

だいたい

自由研究は、好きなことを調べることだよ

好きなことをつくることだよ

となっていて、

自由研究=牛乳パックなど身近なものをつくった工作

すなわち、ものづくり

自由研究=インターネットや辞典をつかって知識を調べて書く

自由研究=簡単な理科の実験をすること

自分の自宅の周辺を調べること

みたいになっていています。もちろん、それも「事例のひとつ」としてありうるんだけど、きちんと定義がなされていない。これには小生は、「なんちゃって研究者」のはしくれとして、非常に違和感を感じました。

そもそも、自由研究を子どもに求めるのなら、「自由研究が何か?」をきちんと説明してほしいのです。そうしないと、間違ったものを「研究」と呼んでしまうから。「お勉強」と「研究・探究」を決して同じものと考えないで欲しいのです。きっと、苦労するから。

で、しょうがないから、TAKUZOに「小学生にとっての自由研究が何か?」を教えることにしました。

僕の定義は、下記のとおりです。

自由研究とは

1.自分が知りたいこと

2.他の誰も、今までやっていないこと

3.身近でできること

をすべて満たす「知的な活動」ですよ。

と説明しました。これは工作のことはあまり考慮に入れていない定義ですが、工作が研究か?といわれると、僕にはピンとこないので、このような定義にしました。

自由研究とは何か?
自由研究とは何か?

3つのポイントのなかで、特に大切なのは2と3。

2は「オリジナリティ:Originality:誰もやっていない度」、3は「フィージビリティ:Feasibility:成し遂げることができるか度」です。

先ほどの例でいうならば、

確かに「鎌倉幕府は源頼朝がひらいた」んだけど、それは他の誰かが明らかにしちゃった史実だから、もう自分がやる必要はないね。

確かに「バミューダ海域って、船沈む」んだけど、TAKUZOが海モグって、沈む理由を考えるのは、TAKUZOの水泳能力と夏休みじゃ無理だよね 

ってことになるんでしょうか。

そのうえで、自由研究には「自分の説(言うまでもなく仮説)」をもつ必要があります。

「自分の説」とは

「ははーん、この場合だったら、こうなるはずだ! Yesか? Noか?」

みたいな感じで、研究で「白黒はっきりさせられる自分の予想」です。この「正しさ」を確かめていくのが「研究」なんだよ、と。

一応、TAKUZOは納得してくれていたようですが・・・

嗚呼、どうなることやら。

今度は、バミューダ海域に鎌倉幕府があった、とかぬかしそう(笑)。

今日は「自由研究が何か?」ということについて書きました。

僕はすでに学校教育の研究を離れて15年弱たっているので、「自由研究が何たるか?」に関する議論があるのか、ないのかすらしらないけれど、この間、さまざまな本を読むに付け、すこし違和感を感じました。

そのうえで、探究を子どもにさせたいのなら、

「探究とは何か?」

「それは日々のお勉強とは何が違うのか?」

をしっかり教えていく必要があるのかな、と思いました。

志と熱意のある先生は、すでに、そのようなことを実践なさっているのでしょうけれど・・・

そして人生は続く

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