W杯ロシア大会で注目すべきはベンチワーク: データ分析に長けたアナリストの活躍が必須

ハリルジャパンのカギを握るのは選手選考よりもベンチワークだったりする(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

W杯で導入されるVAR以上に気になるシステム

 国際サッカー連盟(以下FIFA)は、3月16日の理事会で、6月に開催されるワールドカップ(以下W杯)ロシア大会から「ビデオ・アシスタント・レフェリー(以下VAR)」を導入することを決めた。欧州の主要リーグでも導入が決定しいるシステムだ。VARでは特にゴールや退場、などの重大な誤審を正すことが目的である。「VARによってサッカーの透明性が大きく改善する」とコメントが出され、これまで以上にピッチ上に監視の目が張り巡らされるだろう。VAR導入についてはすでに多くのメディアで報じられ、審判の技量についてや、試合中断の影響について多くのコメントが飛び交っているだろう。

 実は、本記事で目を向けたのはVAR導入ではなく、あまり報じられていない「リアルタイムのデータ活用」についてだ。

リアルタイムのデータ活用がカギ

 FIFA.comの2018年3月16日付のリリース「FIFA Council decides on key steps for the future of international competitions」でW杯ロシア大会に触れた箇所に、「permission to communicate information and transmit data to the technical area for coaching purposes」という文言があった。「コーチングの目的で情報を伝達し、テクニカルエリア(=ベンチ)にデータを送ることが許可」されたということだ。比較すること自体ナンセンスかもしれないが、筆者は、VARよりも勝敗を左右する重要な決定だと感じた。

 では、具体的にその「情報」や「データ」が何を意味するだろうか。実は、昨年のコンフェデ杯決勝ですでに試験的に導入されていたようだ。FIFA.comの2017年7月2日付のリリース「Player stats tablets to be tested live at Russia 2017 final」には、以下の記載があった。

FIFAは決勝に進んだ2チーム(ドイツとチリ)のアナリストと医療スタッフに、プレーヤーの統計にアクセスし、リアルタイムで映像を照合するタブレットを提供した。 各チームには3つのタブレットが用意され、1つはスタンドから試合を観察するアナリスト用、もう1つはベンチのアナリスト用、もう1つはチームの医療スタッフ用だった。 このタブレットは、トラッキングシステムによって収集された選手の位置データ、パスやプレス、スピード、タックルといったゲーム内の統計に加えて、30秒間の遅延で配信される試合映像にアクセスできるものだった。

 この試験的な運用に参加した2チームからのフィードバックを受けて、正式に採用される「デバイス」や「情報」、「データ」についての決定がなされるはずだ。おそらく、各国が独自にデバイスを持ち込むのではなく、あくまでFIFAが要したシステムに限定されるのではないか。その詳細が気になる。FIFAは近年、「Electronic performance and tracking systems(以下EPTS)」として、情報を整理して発信していたが、なかなか一般の目に触れる話題ではなかった。

 W杯ロシア大会のリアルタイムデータ活用にはアナリストの存在は不可欠だ。ごく簡単な記載ではあるが、「The role of the Analyst」と題して、2018年3月19日付のFIFA.comにも掲載されていた。活用のイメージは以下の動画の通りだ。

データ活用熟達度ではドイツが一歩抜けている

 上記のデータ活用において、前回W杯覇者のドイツが一歩抜きん出ていることは明らかだろう。すでに前回大会では、SAP社と連携し画期的なシステムを発表していた。ここでは詳しく記述しないが、気になる方はこちらの記事を参照されるとよい。また、昨年のコンフェデ杯で試験的に運用されたシステムを直接経験しているのもドイツ代表チームだ。興味深い内容が2018年3月5日付のFIFA.comで公開されていた。「The future of player data」と題して、ドイツ代表の分析部門の責任者であるクリストファー・クレメンス氏のインタビューが掲載されている。彼らは、今回のFIFAの決定以前から独自にデータ活用のシステムを開発し、さらに進化させている。単にテクノロジーの進歩以上に、それを活用する人材、加えてピッチで体現する選手の育成にも着手しているわけで、到底、他国が追いつけるとは考えられない。

日本代表の可能性はデータ活用に見出せる

 Jリーグでもトラッキングシステムの導入によって取得可能となっているが、リアルタイムでデータや映像をベンチに送ることは許されていない。リアルタイムでのデータ活用の経験はゼロなわけだ。一歩譲ってリアルタイムではない事後活用についても、活用できる人材が各クラブにいるとは想像できない。もちろん、日本代表チームでも情報収集やデータ分析に関する体制は整理されつつあるだろう。近年、JリーグのクラブではGPSデバイスを使用して、選手の運動量(走行距離や強度)をモニタリングするシステムは日本国内でも活用が進んでいる。その目的は、ケガ防止やコンディション管理が主流だ。一方で、試合中のデータを活用し、重要な決断をデータ・ドリブンで行える人材は、システムの導入、ルールの改正も含めまだこれからの段階だろう。ただし、日本人に向いている分野ではないかと思われる。データ活用先進国のドイツに学び、Jリーグを主戦場にデータを活用する土壌が整えば、日本代表チームにも必ず成果が見られるはずだ。

次世代アナリストの育成も始まっている

 ピッチ上の重要な決断にデータを活用するために必要な人材がアナリストだろう。もちろんデータが全てではないが、優秀な監督やコーチの主観的な目(経験や勘)に、データを活用するアナリストの客観的な目(エビデンス)が加われば鬼に金棒だろう。今回のFIFAの決定を受けて、各国のリーグでもリアルタイムでのデータ活用が急速に進むことが予想される。であれば、DAZN特需でアナリストを雇うクラブが出てきてもおかしくない。すでに国内では、データスタジアム社が現場で活躍できるアナリストの育成を目指して「スポーツアナリスト育成講座」を開講している。2018年も実施の方向で検討されているようだ。また、国内では、2014年に日本スポーツアナリスト協会が立ち上がり、競技内に限定せず、競技間でテクノロジーやデータ活用のノウハウを共有し、アナリストとしてのスキルセットを整理する試みが始まっている。

 そして、データ活用はトップアスリートに限ったことではない。「スポーツデータサイエンス教室」と題して、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科のスポーツシステムデザイン・マネジメントラボ体育会ラグビー部(正式名称は蹴球部)が日吉台小学校の5年生を対象にデータを活用するスキルをスポーツを通して獲得しようとする取り組みも興味深い。つまりは、デジタルネイティブならぬデータネイティブな世代に先手を打つことも可能だろう。

 やや話題が脱線したが、ひとまず、差し迫った今年6月のW杯ロシア大会でのリアルタイムのデータ活用の様子を注意深く観察しながら、中長期的な視点で、日本代表チームの強化に必須な人(=アナリスト)の育成について、その動向を引き続き、注視しておきたい。 (つづく)